top of page

第164回 東京小説読書会の報告

こんにちは!SHOKOです。2020年3月27日(金)、東京小説読書会「長篇(シリーズ)読破版」の第24回目として、モーム著、中野好夫訳 “人間の絆(上)”(新潮文庫)を課題本に読書会を行いました。

“人間の絆”は、1915年に発表されたモームの自伝的長編小説であり、「月と六ペンス」と並び、数あるモームの作品のなかでも名作と謳われ、初版から現在に至るまで絶えず重版されています。幼くして両親を失い、牧師である伯父に引き取られたフィリップは、不自由な足のために常に劣等感にさいなまれながら、思春期を送ります。聖職者になるための学校に行くも信仰を失い、ドイツへ留学、その後芸術に憧れパリへ渡ります。芸術家を目指す仲間たちとの交流で、自分の才能の限界に気づいたフィリップは再びイギリスに戻り医者を志すのですが、、。

以下、ネタバレを含みます。

■“青春”!

もはやその二文字が遠い過去になった身には、主人公の迷走っぷりにイライラハラハラしてしまいました。他のモーム作品に比べて読みにくかったのはそのせいなのかなと思ったのですが、この小説との相性を左右するのは、アナログ脳かデジタル脳かということかも?というご指摘がありました。(ちなみに、自称:アナログ脳)。また、男性であればこの彷徨える青春のしょーもなさ(?)共感できるところが多々あるということです。

主人公の性格の悪さ、いや、個性的な性格に全く共感できず…(同族嫌悪?)。さらに、作中に“いい感じの登場人物がいないよね?”と参加者の方に伺ったところ“フィリップ目線だからだよ”と言われて、めちゃくちゃ納得できたのでした。

肉親からの愛情が不足した幼少期を送った後、聖職者になるための学校に入学するフィリップですが、その学校生活はなかなかしょっぱい感じです。それによって、少年が徐々に等身大の自分を知っていく過程が描かれています。初めてできた友人・ローズとの関係のつまずきは、その後の彼の人生における人間関係に影響をおよぼしている印象をうけたという感想がありました。そもそも頭の良い少年が、周囲に感化され、善悪でも正誤でもない、楽しいほうに流れていく様子は、読んでいて歯がゆく感じました。その能力や自意識の割に周囲に認められない、だから、人気がある人々に惹きつけられるのだと指摘された方がいて、どーしてこの子ったら軽薄な連中とばっかりつるむのかなという疑問が解消したのでした。

ゆらゆらしたアイデンティティを抱えて、遍歴を重ねるフィリップですが、行動力は抜群で、気になったらやってみよう!な創業者タイプだというご指摘がありました。確かに、常に自分の意志で、次の行動に踏み出す(思い立ったが吉日)という熱量は若さだけではなく、彼の性質なのでしょうね。

同年代のなかでマジョリティになれなかったフィリップが、外国(ドイツやフランス)へ留学し、やがて相対主義的な考え方を身に着けていくわけですが、これはモーム自身の経験と重なっているのかなと興味深かったです。

■モームが生きた時代とイギリスという国

この作品を読み解くためには、その時代とイギリスという国の理解が肝要なようです。世界史なんて受験以来で忘れたわーな私は、山川出版社の“詳説世界史”(懐かしい!!)を持参された参加者の方の解説に助けられました。

まずイギリスには根深~~い階層社会があるんだよ、ということを念頭に置いて読まないと、常に上から目線のフィリップの態度が鼻についたりします。(フィリップが属するのは中流の上という。いわゆるジェントルマンはこの辺で、封建社会では下の階層。)産業革命の影響をまだまだ引きずっているこの時代は、社会構造の変化が起こっており、それと同時に階級構造も変化していたということで、主人公の生き様はこの辺の状況もあらわしているようです。それまで、上の階層の人達だけのものだった読書などによる教養が、他の階層にまで広がってきたのもこの頃らしいです。フィリップという人は、広く多くの人に理解されたいという、大衆的な傾向があります。ちょうどこの時代に台頭してきた、市民社会の代表のようなタイプで、芸術に対しても、人としての営みのなかで触れる芸術、生活に根付いた芸術を好むと作中で意見を述べるところがあります。(おそらくモーム自身のことなんですよね。)

フィリップがパリで出会うクロンショーという人物がいるのですが、彼は、貴族的で、啓示上のものに惹かれるタイプ、一部に理解されればいい、18世紀に生まれるべきだったという発言があり、あえて主人公との対比として描かれているように見えます。

■女性たち

どっからどう読んでもモテないタイプの主人公なのですが、人並みに恋愛経験を重ねていきます。ただ、参加者全員一致の見解としては、「そんなに女性のこと好きじゃないよね?」(そういう意味ではないですよ…)ということでした。相手に対して執着はみられるものの、愛情が全く感じられません。これに対して、“恋愛というより、神格化していた女性という存在を理解していく過程なのでは?”という鋭いご意見がありました。また、体の関係をもつまでは美人に見えていて、その後はもうなんとも思わなくなるタイプ、、という発情期問題の指摘もありました。人と人として向き合うべき関係性に、容姿や階級ばかり気にしている印象があるのですが、そもそも、モームって同性愛者だったよね!上巻の後半で、フィリップが夢中になるミルドレッドは、実は男性だった説もあるようなのですが、、、労働者階級の彼女をあからさまに見下しながら、魅力に抗えずに気持ち悪い(?)アプローチをするフィリップ。。ミルドレッド自身も、上の階級への憧れがあり、打算的な行動をとる、でも、そんなに賢くない感じが可愛いというご意見もありました。

恋愛関係ではないものの、なんだかんだ深入りしたパリのファニー・プライスですが、彼女の死ってどういう意味があったのか(芸の肥し?)という疑問がありましたが、結論でず(Time Up)! 彼女の存在は、ジェーン・オースティンの“マンスフィールドパーク”へのオマージュではないか、ということです。

■“絆”について

“絆”っていい意味での連帯のイメージがありませんか?ところが原題は“bondage”、ということで、むしろネガティブにもとれる“束縛”の意味あいが強いようです。参加者の方からのその指摘に、はじめて小説の内容とタイトルがとてもしっくりきたのでした。作品のなかで、主人公が、すでに彼のなかで崩壊したはずの宗教観やら概念に、ちょいちょい囚われ、もがいている印象があるからです。

とにかく、本作は情報量が多くて!私自身も崩壊しかかったのですが、今回いろいろ調べてきてくださった参加者様のおかげで、やっと少しだけ世界観を理解できるようになりました(たぶん)。

モームが読者のためにというより、自分自身のために描いた作品ということらしいのですが、そのせいか、他作品以上に彼自身の人生観や芸術観が随所にちりばめられており、独特の皮肉にやや抵抗を感じたという方もいらっしゃいましたが、それも踏まえて、実はとてもモームらしい作品なのかもしれません。

参加者のみなさま、どうもありがとうございました!

次回は、いつになるかわかりませんが(^^;下巻で開催予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

2020.3.27開催、4.11記

bottom of page