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第148回 東京小説読書会の報告


2019年10月5日、アガサ・クリスティー著『春にして君を離れ』を課題に、東京小説読書会を開催しました。

9月開催の読書会で常連参加者さんからご紹介いただき、「男女で感想が違うと思う」との評価から、「それ、面白そう!」と、課題本として即決いたしました。

ちなみに本日の参加者は女性5名、男性2名でした。

※※※以下、ネタバレを含みます※※※

■さすがアガサ・クリスティー

本作は事件モノではありませんが、「イヤミス(嫌な後味のミステリ)ではある」と、常連紹介者さんは話していました。

物語の舞台は中東の砂漠の鉄道駅です。主人公は50代女性のジョーン・スカダモア。バグダッドに住む末娘を単身看病した帰りで、この駅で3日間足止めを食います。その間、ロンドンに残してきた夫や、かねてよりそっけない息子や娘たちとの関係を回想していきます。

それにしても、このジョーンの感じの悪さがピカイチです。自分大好き、上から目線で、他人に共感することはなく、一点の曇りもない自己肯定感に包まれていて、イヤな女感がハンパありません。

同時に夫のロドニーも、結婚当時ジョーンに反対された農場経営の夢を捨てきれず、いつまでもウジウジし続けています。

ジョーンとロドニー、どちらにムカつくか?

むしろ共感・同情できるのか?

そんな会話で読書会は盛り上がりました。

以下、読書会当日に寄せられた意見・感想をまとめさせていただきます。

■ジョーンについて

「利己的なかまってちゃんで、他人に対して、露骨な上から目線で接するのではなく、からめとるように、自分になびくように仕掛けていく。その感じがイヤ」

「ジョーンのことをすごく苦手だと感じたが、その感想が同属嫌悪だったらイヤだな、と思いながら読んだ」

「ジョーンとは友達になれないと思っていたが、途中で気の毒な幼少期のことが語られていて、それを読んで『ジョーンも被害者なんだな』と気づいた」

「外から幸せだと見られる人生を歩むことが、ジョーンの夢だろう。だとすれば、それは果たせている。それなら、現状を壊すわけにはいかない。だからこそ、元の鞘に収まったオチは納得できる」

「元鞘だったのは、旦那に再会する直前、上の娘に会って『いつも通りのママね』と言われたからではないか。ジョーンとしては、新しい自分に生まれ変わったつもりだったのに、気づかれなかったため落胆したのだろう」

「私の身近に、『やっていることは正しいのだけれど、やたらムカつくなぁ』という人がいる。本作を読んで、ムカつく理由が分かった。その人もジョーンも、承認欲求がやたら高いのだ。また、身近なところに『あの人はこうしたらよかったのにね』と他人の批評をしたがる人がいるが、このマウンティングっぷりもジョーンに似ていると感じた」

「アガサは、『皆さんの中にもジョーンはいますよね?』ということを問いかけたかったのではないか?」

■ロドニーについて

「初読時、旦那は普通だと思っていたが、再読して旦那もクズだと思った。農場経営の夢を捨てきれないのであれば、人のせいにするのではなく、自分で動いて実現しろと言いたい」

「ジョーンのダメっぷりが際立っているが、ロドニーもダメ。でも、ダメダメ同士のカップルだから、うまくいっているのかもしれない」

「子どもがみんなロドニーになついているのも、ジョーンとしてはつらい」

「長女の駆け落ちを止めるシーンで、ロドニーは、『結婚とは契約である』ということから、考えを改めるように諭している。この対応力はさすがだと思った」

※この対応に関してのみ、本日の女性陣から大絶賛!

「ロドニーはジョーンが留守にしている間、何をしていたのか? ただ羽根を伸ばしていただけだとは思えない。女遊びをしていても不思議ではない」

「p153~のロドニーとジョーンの会話の流れから、レスリー(ジョーンの友人)の子どもは、ロドニーとの間にできたと読める。でも、ジョーンはそのことに気づいていない。もしかしたら心の奥底で思っているのかもしれないが、『ロドニーが私以外の女を選ぶはずがない』との思い込みから、気づかないフリをしているのかもしれない」

■サーシャについて

サーシャ(公爵夫人)は、ジョーンがロンドンに向かう寝台列車で同室になった人物。登場シーンはわずかですが、忘れがたい印象を残します。

「アガサが最も言いたいことを代弁しているのがサーシャだろう。『神の聖者ならまだしも、普通の人はなかなか気づかない』と諭したり(p290)、ヒトラーを例に出したり、このくだりで作品が一気に文学的になった気がする」

「爵位をもっているし、8~9カ国語を話せるインテリだし、ジョーンよりも上の人物が出てきて面白かった」

「サーシャに出会ったことで、ジョーンはようやく自分が中流であると気づいたのだろう」

■連想したもの

本作を読んで連想したものがあると話す参加者もいました。

「『汝自身を知れ』という格言を思い出した。誰もが、自分を知ったら逃げ出したくなる。ジョーンは砂漠で足止めされている間に自分のことを省みた結果、『やっぱり私、変わりたくない』と思ったのではないか。『ロンドンに帰ったら、夫に夢を諦めさせたことを謝ろう』と思っていたのに、結局、歩み寄らなかったのも、そのせいだろう。だって、かりに謝ったら、それまでに築き上げた自分自身の像が、ガラガラと音を立てて崩れてしまうから」

「藤子・F・不二雄の短篇漫画『老雄大いに語る』を思い出した。ロドニーは、ジョーン不在の休暇を心底楽しんだのだろう。『老雄~』では、おしゃべりな妻から逃れたいがためにパイロットに志願する話だが、同じように『うっとうしい妻から逃れたい』とは微塵にも思っていないジョーンは幸せ者だと思った」

本日の読書会では、終始ジョーンが叩かれまくっていましたが、最後に「ジョーンのいいところは?」という話題が出ました。

挙げられたキーワードは、「自信家」「いい意味でキリスト教的」「生真面目」「ブレない」「読書家」「行動派」などなど。

皆さんはどう読みましたか?

2019.10.5開催、10.12記

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