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第142回 東京小説読書会「シリーズ平成の5冊 第5回」開催報告


弊会では改元を記念して、これまでご参加いただいた皆さまの投票により「平成の5冊」を決定しました。今回はそれらをシリーズ開催してきた課題読書会の最終回で、テーマは『1Q84』です。

※※※以下、ネタバレを含みます※※※

第1回 2019.6.1

『コンビニ人間』村田沙耶香著

第2回 2019.6.7

『火車』宮部みゆき著

第3回 2019.6.15

『何者』朝井リョウ著

第4回 2019.6.19

『ハーモニー』伊藤計劃著

第5回 2019.8.24

『1Q84』村上春樹著

■1984年のパラレルワールド

主人公は青豆雅美と川奈天吾の2人(ともに29歳)で、それぞれ別のタイミングで、1984年の世界から、「何かが、ちょっと違う」と感じるパラレルワールドに入り込んでしまいます。

1Q84とは、自分がパラレルワールドにいると勘づいた青豆が名づけた言葉。1Q84年の世界には「リトル・ピープル」なる存在があり、「1984年に向かう人びとの一部を引き入れる」と、作中で説明されています。

このリトル・ピープルの代理人となったのが、山梨県を拠点に活動する「さきがけ」という宗教団体のリーダー。一方、彼の娘(ふかえり)は、反リトル・ピープルの代理人となり、互いに反目していきます。

1Q84年に入り込んで、徐々に大ごとに巻き込まれていった青豆は、必死に元の世界に戻ろうと画策しますが……、といったお話です。

(超ざっくりな説明で申し訳ありません。単行本3冊、文庫版では6冊にもなる長篇小説なので、あらすじをまとめるのにも難儀します……)

■宗教の意味

著者がオウム事件に関心を示していることはよく知られていて、過去には事件を題材にしたノンフィクション『アンダーグラウンド』を上梓しています。『1Q84』で描かれる「さきがけ」は、そうでなくても、オウム真理教を想起させます。過激な思想と行動、謎に包まれたリーダー(超能力者でもあります)、それに、山梨県を拠点としていることなど……。

本日の参加者の中には、次のような感想を話す方もいました。

「村上春樹は、どういう視点で宗教を描いたらいいのか模索し続けていたのだと思う。『アンダーグラウンド』はノンフィクションだから、良い・悪いという価値判断が示されていた。でも『1Q84』は、善悪とは違う観点で宗教を描いていた。宗教に頼ることは悪いことではない。ただし、行き過ぎると自分軸を失う。そうした警鐘を鳴らしたかったのかもしれない」

現に、青豆が「天吾を愛している」と言ったシーンで、さきがけリーダーは「確かに君は宗教を必要としない」というようなことを言っています。私ことUranoも、本作の最大のメッセージは、「他人にゆだねるのではなく、自分で決めよ。個人の意思は何よりも尊重されなくてはならない」ということだと受け取りました。

■リトル・ピープル、マザ、ドウタ……

本作で必ず話題になるもののひとつが、リトル・ピープルの正体でしょう。最後まで読んでも、ネタは明かされません。作中では、「1984年に向かう人びとの一部を、1Q84の世界に引き入れる存在」「数人で団体行動をして“空気さなぎ”をつくる」などと、だいぶ具体的に説明がなされているのですが、それにしても要領を得ません。私はこのあたりの、分かりそうで分からないモヤのかけ方が春樹っぽいなぁ、と感じながら読みました。

参加者からは、「リトル・ピープルに関わる人が、次々に失われていった」との指摘もありました。

また、村上春樹はサリンジャーの『フラニーとズーイ』の訳業で、little peopleを「名もなき人びと」と訳しているとの指摘もあり、オーウェルの『一九八四年』で意思や考えを持たずに機械的に動く人びとを想起させる存在でもある、といった話にも及びました。

本作にはこのほか、「マザ」「ドウタ」といった概念も登場します。おそらくは、どちらかが実態で、どちらかが観念なのだろうと思います。皆さんはどう読まれましたか?

■1984年らしさ

本作は、舞台である1984年から25年を経た2009~10年に刊行されています。そのせいか、「あまり1984年っぽさを感じなかった」という感想も聞かれました。私も、同じ1984年ごろを描いた『ねじまき鳥クロニクル』(1994~95年)では時代の空気を感じたのに、『1Q84』はそれほど古さを感じませんでした。

しかし参加者からは、「レコードを聴いたり、ワード・プロセッサを使ったりする描写は、1984年らしかった」という指摘も。

ほかにも「あゆみが青豆に土地を買うように勧めるシーンでは、『いかにもバブル景気だなぁ』と思った」「遊ぶ街が六本木であるところは、令和のいまも変わらないと思った」という感想も聞かれました。

■平成を代表する作家

ところで、本レポートの冒頭で、弊会にて「平成の5冊アンケート」を開催したと申し上げましたが、著者別ランキングでは村上春樹が16票で第1位でした(有効投票数234票)。

得票のあった作品数も最多で、以下6作品でした:

『1Q84』6票

『ねじまき鳥クロニクル』5票

『国境の南、太陽の西』2票

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』1票

『スプートニクの恋人』1票

『神の子どもたちはみな踊る』1票

30年にわたって数々の作品を世に送り続けた村上春樹は、好き嫌いはともかくとして、平成を代表する作家と言っていいのでしょうね。

ところで弊会では6月1日の『コンビニ人間』から、8月30日の『ヘミングウェイ全短篇(2)』まで、実に10回連続で課題図書型として開催!

その第9回となった『1Q84』も無事に閉会し、終了後は「マーチエキュート神田万世橋」でランチをして親睦を深めました。

2019.8.24開催、10.12記

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