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第140回 東京小説読書会の報告


2019年8月3日、ジョージ・オーウェル著『一九八四年』を課題に、東京小説読書会を開催しました。

当初、私ことUranoは、「8月開催だからフォークナーの『八月の光』でしょ!」と推薦したのですが、Hajimeさんから「もうちょっと軽いもので」と差し戻され、「なら、月末に村上春樹の『1Q84』をやるし、『一九八四年』はどうですかね」と再提案のすえ、決定しました。

※※※以下、ネタバレを含みます※※※

■ディストピア小説の金字塔

本書の刊行は1949年。舞台は、当時にとって「近未来」だった1984年です。

作中世界はオセアニア、イースタシア、ユーラシアの3つの国に集約されています。主人公のウィンストンはオセアニア第一エアストリップの首都ロンドンの心理省に勤め、国家文書の改ざんや抹消などを行っています。

彼は、社会主義によって同国を統べる党首ビッグ・ブラザーへ反発心を抱いています。その思いは徐々に強くなり、やがて民主主義的な世界を求めるあまり地下活動を開始していき……、というお話です。

■緻密な設定

SFを読むと毎度思うことですが、著者の舞台設定が実に見事ですよね。本書は名だたるSF作品の中でもお手本と言えるほど見事だと感じました。

たとえば作中で話される言語は、「ニュースピーク」という新英語になっています。一党独裁国家において、思想と不可分の関係にある言語は、厳格に管理しなくてはなりません。いらぬ感情を湧き起こすような表現は徹底して排除していき、簡素で機械的なニュースピークという言語が確立されたというわけです。本書の巻末にはニュースピークの解説が「付録」として収められていて、著者の徹底ぶりを感じます。

いまひとつ、作中作の『寡頭制集産主義の理論と実践』(ゴールドスタイン著)も見事です。これは反ビッグ・ブラザーの重要なテキストで、本書のちょうど半ばで登場。およそ45ページにわたってその引用が続く体裁を取っていますが、このなかで1984年に至る社会の変遷と、目指すべき社会づくりについて語られます。

そのほか、町の至るところ(居室内にも!)に設けられた監視システムのテレスクリーンや、思想統制のための2分間憎悪(全国民でゴールドスタインを憎む日課)など、ハード・ソフトの両面で1984年の世界をつくり込んでいて、「さすがの創作力だなぁ」と感心するところしきりでした。

■抜け落ちてゆく記憶

1984年のオセアニアでは、党に都合の悪い記録はすべて破棄されるか、改ざんされます。未来予測が外れたときは、過去にさかのぼって記録を改ざんするという徹底ぶりです。

芸術や読書などの娯楽もほとんど存在せず、日記を書くことも禁じられています。

このため党の公式文書のほかは、人びとが記憶し続けない限り、次々に忘れ去られていきます。その描写がとてもリアルで、私ことUranoは、「天安門事件の記憶があいまいになっている」という現代中国を想起しました。

記憶のエピソードを印象づける小道具として登場するのが、「オレンジあるよ、レモンもね」で始まるマザー・グース(童謡)です。ウィンストンは後半の歌詞を思い出せず、折々出会った人にたずねますが、そうした人も記憶があいまいになっています。

「マザー・グースといえば不穏な歌詞を思い浮かべるが、それをもって記憶が失われゆくことを示そうとしているため、いっそうほの暗い世界であると感じた」という感想もありました。

■行動するか、黙するか

ウィンストンは心理省で文書改ざんの仕事をしながら、ビッグ・ブラザーが統べる社会主義国への疑義を強めていきます。そしてリスキーな行動をとった結果、ビッグ・ブラザー側に身柄を拘束され、洗脳されて、〈彼は今、〈ビッグ・ブラザー〉を愛していた。〉という有名な一文で幕を閉じます。

この一連の行動に対して賛否の声が上がりました。

ウィンストンに共感できるという方は、

「読書さえできない世界で生活を続けると、やがて発狂してしまうのではないか。それならいっそのこと、リスクを取って行動するべきだと思う。自分がウィンストンと同じ立場にいたなら、そうしただろう」

反対派は、

「理想は求めていったら天井知らずだ。公務員として日常生活を保障されているというのに、それ以上、何を求めるというのだろうか」

今回はこの賛否の意見交換でヒートアップし、参加者どうしで価値観はここまで違うのか! と、気づかされることとなりました。

■恐怖を感じる瞬間

本書に描かれていることが「あってはならない未来」であることは、多くの人の共通認識だと思います。しかし、どういった点に最も恐怖を感じるかは人それぞれでしょう。以下に、本日寄せられた主な感想を挙げさせていただきます。

「結末はショックだった。ビッグ・ブラザーを愛して終わるのが悲しい。それでも、人間は最後まで自分を見失わずに生き続けられるものと信じている。ウィンストンをここまで変えさせたオブライアンには、個人的に話してみたいと思った」

「最も印象的だったのはニュースピーク語で、言葉を削るほど思考が削られていくというロジックに恐怖を感じた」

「一人ひとりがモチベーションを持てない世界は狂気でしかない。そこには、ただビッグ・ブラザーが存在するのみ。しかもビッグ・ブラザーの目的さえ明らかではない。行き着く先がまったく見えない渦の中に、すべての人物が吸収されていくところが怖かった」

「1984年の世界の人びとを、ゴールドスタインに対する憎悪のみでまとめようという点が怖い」

さて、『一九八四年』を読んだら、いよいよ3週間後は『1Q84』です。

『1Q84』にもビッグ・ブラザーは登場するそうですが、果たしてどのように出てくるのでしょうか。

楽しみにしながら春樹ワールドへ!

2019.8.3開催、10.12記

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