第135回 東京小説読書会「シリーズ平成の5冊 第2回」開催報告
弊会では改元を記念して、これまでご参加いただいた皆さまの投票により「平成の5冊」を決定しました。今回から、これら5冊を課題本に開催してまいります。
第1回 『コンビニ人間』村田沙耶香著 2019.6.1
第2回 『火車』宮部みゆき著 2019.6.7
第3回 『何者』朝井リョウ著 2019.6.15
第4回 『ハーモニー』伊藤計劃著 2019.6.19
第5回 『1Q84』村上春樹著 2019.8.3(予定)
■投票時のコメント
「平成の5冊」の投票で、
〇平成という時代の流れの速さを感じます。
〇カード破産という主題や描かれている人物、会社、街の様子が90年代初頭の空気を色濃く残している作品だと思います。
ヒロインの描き方も賛否あったものの、手法として巧い!と思わざる得ないです。
〇平成のベストミステリー
〇時代性も感じる作品。平成に宮部みゆきは欠かせません。
といったコメントがありました。
平成初期の雰囲気を評価する声が多かったようです。
■ストーリーについて
さて、ストーリーのおさらいです。
※※※以下ネタバレを含みます※※※
休職中の刑事、本間俊介は亡くなった奥さんの甥に婚約者「関根彰子」が消えた相談を受けます。
調査を進めていくにつれ、2年くらい前から「新城喬子」が「関根彰子」になっているのではないかという疑いが出てきます。
「新城喬子」はいったい誰なのか。なぜ、「関根彰子」を乗っ取ったのか。
平成初期の雰囲気とクレジットカード破産という社会状況を交えて、徐々に謎が解かれていきます。
■平成前期の雰囲気
今回話題になったのは、平成初期は近いようで理解しにくい時代だということです。
今回の参加者が私も含めて20代半ば30代半ばでした。つまり、平成初期は物心がつくかつかないかの年頃や産まれていなかったころの話になります。
社会背景があまりに違いすぎて、共感というよりも平成初期の雰囲気を楽しむという読み方になりがちだったようです。
お金で買えるものを追いかける生活。
25歳までには結婚するのが当たり前な女性。
通販はカタログ。
アンケートは紙に書いて、システムには手で入力。
新卒の女性社員の一斉研修。
令和の時代に社会人として生活していると、話には聞くけれど実際に体験したことのない時代の雰囲気がします。
「職場の同僚からは、時代の違いがありすぎて合わなかった」という意見があったのも頷けます。
「実体験としてはないが、今であれば自己破産があるという知識が一般化しているので、破産するという選択肢が今なら早く出てくるのではないか。」
「マイホームにあこがれるという気持ちがわからない。」
時代の違いを実感するような意見が多かったです。
■家族の描写
主人公の家族は非常に特殊な設定です。
奥さんは交通事故で亡くなり、お子さんは特別養子縁組で来た子です。
お子さんをよく見てくれている男性は、専業主夫。(この方が最初怪しいと思ったという意見も…笑)
主人公はたびたび家に連絡することがありますが、これは家族関係に不安があるからなのでしょうか。
また、「新城喬子」、「関根彰子」、他の登場人物についても家族関係に何らかの問題を抱えています。
平成初期の一億総中流という家族イメージからかけ離れた状況設定になります。
個人的には、そんな中での保くんの地に足ついた生活にはホッとします。
ただ、自動車修理工場も今はどんどん廃業になっているのを見ると複雑な気持ちですね…。
■「新城喬子」について
「美人でなかったら、主人公は追いかけたのだろうか」
厳しい意見です。
最初は奥さんの甥っ子の婚約者を追いかけていた主人公は、徐々に「新城喬子」の興味へと気持ちがシフトしていきます。
最後には「新城喬子」の話をたっぷりと聞く時間はあるというところで締めくくられます。
「新城喬子」の描写をほとんどせずに最後まで書ききったすごさと同時に「新城喬子」に対する興味のみが表現されています。
この話に出てきて「新城喬子」のことを覚えている人間の大半は美人であるから覚えています…。
美人でも何でもない人間は人に覚えていてもらうことはできるのか考えると寂しくなりますね。
■最後に
個人的には、入れ替わりという問題は今も存在するではと思いました。
会わなくなって10年もすれば、直接知っている人でさえパッとわかるかといわれると難しいです。
おそらく、現代の方が会社や社会での個人に対する好奇心が弱まっている分、一人消えることは簡単でしょう。
最近、監視カメラを利用した捜査がピックアップされることが多いですが、データだけを改ざんするこのような事件に対応するには有効でしょうね。
◇
さてさて、そんなこんなで平成の5冊シリーズ第2回は終了です。
次回は就活を描いた名作『何者』です。
お楽しみに!
2019.6.7開催、6.19記
<参考>東京小説読書会が選ぶ平成の5冊
第1位(8票)『ハーモニー』 伊藤計劃著 2008(平成20)年
第2位(7票)『火車』 宮部みゆき 1992(平成4)年
第3位(6票)『1Q84』 村上春樹著 2009~10(平成21~22)年
『何者』 朝井リョウ著 2012(平成24)年
第5位(5票)『ねじまき鳥クロニクル』 村上春樹著 1994~95(平成6~7)年
『コンビニ人間』 村田沙耶香 2016(平成28)年
※これらのなかから、直近半年間で課題本にした『ねじまき鳥クロニクル』を除く5冊を、課題図書に選定しました。
投票期間:2019年1月4日~4月30日
投票総数:234票
投票者数:51名
投票規定:1人最大5冊(作)まで。平成の間に日本語で出版された小説で、単行本、雑誌掲載作、書き下ろしの文庫が投票対象。読んだことのある作品のみ投票可。