第134回 東京小説読書会「シリーズ平成の5冊 第1回」開催報告
弊会では改元を記念して、これまでご参加いただいた皆さまの投票により「平成の5冊」を決定しました。今回から、これら5冊を課題本に開催してまいります。
第1回 2019.6.1 『コンビニ人間』村田沙耶香著
第2回 2019.6.7 『火車』宮部みゆき著
第3回 2019.6.15 『何者』朝井リョウ著
第4回 2019.6.19 『ハーモニー』伊藤計劃著
第5回 2019.8.3(予定) 『1Q84』村上春樹著
■平成らしい小説
『コンビニ人間』については、「平成の5冊」の投票で、
「平成感がありますし、皆さんの意見も聞いてみたい作品なので投票しました」
「自分の価値観を押し付けてくる人に読んでもらいたいです」
といったコメントが寄せられました。読書会には投票した方にもご参加いただいたのでお話をうかがったところ、
「コンビニが生活に密着したのも平成だし、無意識の差別や偏見が引き起こす生きづらさが問題視されるようになったのも平成で、まさに時代を代表する小説だと思った」とのことでした。
対照的に、「時代性を感じるが、ここに描かれている生きづらさは普遍的なものでもある。平成らしいのと同時に、時代が変わっても読めると思った」という意見も聞かれました。
■普通とは何か
さて、改めてストーリーのおさらいです。
※※※以下ネタバレを含みます※※※
主人公の古倉恵子は、大学1年のときに近所にオープンしたコンビニエンスストアでバイトを始め、以来18年間、36歳になっても同じ生活を続けています。バイト以外に職歴はなく、恋愛経験もありません。その点を家族(特に妹)が不安に思いますが、当人は「いまの生き方がいちばん心地いい」と言い続けます。
しかし、同級生とお茶をしたときに浮いてしまったことなどから、普通の生き方を気にするようになり、「まわりの目が気になるから」というだけの理由で、元バイト仲間の白羽と同棲を始めます。ついには白羽の義妹の進言でコンビニバイトを辞め、就職活動をするのですが……。
こんな筋立ての本作は、周囲から浮く古倉を通して、社会に潜む同調圧力や世間体などを誇張して描いています。
ご参加者からも、
「現代人なら、誰もが一度は感じるだろう『普通とは何か』という疑問を、凝縮して極端に描いている点が面白い。その表現から、現代の生きづらさが伝わってくる」
「バイト仲間や家族は古倉を下に見ているが、それが偏見に過ぎないことが強調されている。一読して、自分も周囲の人に対し、そんな視点で見ていないか考えさせられた」
といった感想が聞かれました。
■バイトと資本主義
コンビニは高度にマニュアル化が進んだ場所ですから、そこで働く者は個性をそぎ落とされ、「一店員」としてふるまうことになります。幼いころから「自分は普通ではない」と認識していた古倉にとって、コンビニ店員は、まさに格好の処世術でした。
しかも古倉は、言われたとおりに働くだけではなく、自ら陳列や販売の工夫をするなど、とても有能なバイトです。この点から、働き方や資本主義に関する意見交換がなされました。
「これは皮肉で、正社員でこうした働きぶりを発揮するのならまだしも、バイトがやることではない。バイトで仕事に入り込みすぎた古倉を描くことで、資本主義を皮肉っぽく描こうとしたのでは」
「そこは読者の価値観で変わるのではないか。たかがバイトで、ここまでする必要はないと思いながら読むと不幸に見えるだろうが、必ずしもそうとばかりは言い切れない」
「労働では必要とされることも喜びになるから、古倉は利用されていようが、自らの意思であろうが、不幸ということはないのではないか」
「読みながら、働き方についてはあまり意識していなかったが、人間らしい働き方ではないと思った」
また、「古倉は、雇う側からしたら都合がいい人物」という指摘もありました。現に古倉は、その有能さと従順さから歴代店長に重宝されてきましたが、辞めるときは引きとめられていません。ここにも、いくらでも替えがきくコンビニバイトという役割に熱を入れすぎた古倉が、皮肉を込めて描かれているようです。
■白羽の生き様
古倉に一方的に求婚され、事務的に同棲する白羽もまた、社会に適合できない人物です。古倉と同じ店舗でバイトを始めたのは、婚活のためでした。しかし客への迷惑行為が目にあまり、生来のさぼり癖もあって、解雇されてしまいます。その生きざまについて、「上から目線で評論家ぶっていて、インターネット上にいそうなキャラクターだ」という意見がありました。
白羽についてはネガティブな感想が多く、
「世間体を気にしつつ、常に人のせいにして逃げ続けてきたのが白羽。世間に向き合う強さがあるのが古倉」という見方もありました。
一方で、批評家ぶっているだけあって、白羽には名言が多いという声も。たとえば、こんなセリフ。
〈普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ〉
異常を自覚する白羽は、〈ぼくは一生何もしたくない。一生、死ぬまで、誰にも干渉されずにただ息をしていたい〉とまで言ってのけますが、このあたりの描写からは、過干渉と無関心のバランス感覚の難しさがうかがえます。ときに同調圧力を引き起こす過干渉は、確かに問題ですが、かといって無関心もいいことではありません。
「白羽の義妹が古倉に〈周りは誰も言ってくれなかったんですか? あの、保険とかちゃんと入ってます? これ本当に、あなたのためを思って言ってるんです……!〉と言うくだりは、白羽や古倉にとっては大きなお世話だろうが、かといって見放すのもどうかと思う。人との関わり方の難しさを考えさせられる小説だった」
■人生の岐路
古倉は終盤、白羽の義妹の進言によって、18年間勤めたコンビニを辞め、就職活動を始めます。職歴のないことがネックになり、なかなかはかどりませんでしたが、ついに1社、面接試験にこぎつけることができました。しかしその当日、試験会場近くのコンビニ立ち寄った際に「コンビニこそ自分が生きる場所だ」と感じ、再びバイト生活に舞い戻ってしまうのです。
このオチをハッピーと取るかバッドと取るかで、本作の印象はだいぶ変わります。私ことUranoは、初読時には「自分の居場所を見つけることができてよかった、よかった」と思いましたが、今回再読してみると、「せっかく違う世界を垣間見るチャンスがあったのに、それを逃すなんて愚かだ」という感想に変わりました。
ご参加者の皆さんは、どうとらえたのでしょうか。
「もともと普通に生きるための手段として選んだコンビニだが、いまや『ここでなくては生きていけない』と言える存在にまでなっていた。ようやく自分の価値観を見つけられた古倉に対して『よかったね』という気持ちになった」
「オチでは、社会との接点をもつため続けていたバイトのせいで、気づけばコンビニと同化していることが明らかになった。ここにきて本人のアイデンティティが確立されたと言えるかもしれないが、仕事に生きる道に振り切った姿を見るに、その選択が必ずしもいいこととは思えない」
「古倉にとって幸せとはなにかが気になった。彼女は『コンビニで働き続けたい』という意思を最後に表明するが、ほかに満足できる生き方はなかったのだろうか。周囲の目を気にすることなく生きる人生はいくらでもあるはずなのに、コンビニを選んだことは幸せだったのだろうか」
「自発的にコンビニ店員という道を選んだと言われれば、確かにそうだが、この行為は前進だとは思えない。元に戻っただけで、結局また同じことを繰り返すのではないか」
■コンビニへの偏見
古倉の最終決定を受けて、
「コンビニ店員にはいくらでも替わりがいる。それなのに、そこで生きていこうと突っ走る姿が滑稽である。職人など、簡単に替えがきかない職業であれば、異常であっても一目置かれるのに」という意見や、
「最後の2ページに出てくるコンビニという単語が、『地雷撤去のNGO』などに置き換わっていたら、ここまで喜劇っぽくはならなかったのでは」という意見もありました。
確かに、言われてみればそうですね。最後の2ページから象徴的な古倉の言葉を引かせていただきますと……
〈気が付いたんです。私は人間である以上にコンビニ店員なんです。人間としていびつでも、たとえ食べて行けなくてのたれ死んでも、そのことから逃れられないんです。私の細胞全部が、コンビニのために存在しているんです〉
〈私はふと、さっき出てきたコンビニの窓ガラスに映る自分の姿を眺めた。この手も足も、コンビニのために存在していると思うと、ガラスの中の自分が、初めて、意味のある生き物に思えた〉
ここにある「コンビニ」「コンビニ店員」をほかの言葉に置き換えると、どうでしょうか。コンビニを舞台にすると滑稽に映るということは、すでに私たち読者のなかに、コンビニへの偏見があるということですよね。
いやー、まったく恐ろしい書ですね、『コンビニ人間』は! 「平成の5冊」に名を連ねるのも当然だと思いました。
◇
さてさて、そんなこんなで平成の5冊シリーズ第1回は無事に終了。
次回はクレジットカードの闇をえぐる平成初期の名作『火車』です。
ご参加をお待ちしております。
2019.6.1開催、6.2記
<参考>東京小説読書会が選ぶ平成の5冊
第1位(8票) 『ハーモニー』伊藤計劃著 2008(平成20)年
第2位(7票) 『火車』宮部みゆき著 1992(平成4)年
第3位(6票) 『1Q84』村上春樹著 2009~10(平成21~22)年 『何者』朝井リョウ著 2012(平成24)年
第5位(5票) 『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹著 1994~95(平成6~7)年
『コンビニ人間』村田沙耶香 2016(平成28)年
※これらのなかから、直近半年間で課題本にした『ねじまき鳥クロニクル』を除く5冊を、課題図書に選定しました。
投票期間:2019年1月4日~4月30日
投票総数:234票
投票者数:51名
投票規定:1人最大5冊(作)まで。平成の間に日本語で出版された小説で、単行本、雑誌掲載作、書き下ろしの文庫が投票対象。読んだことのある作品のみ投票可。