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第118回 東京小説読書会の報告


2019年2月27日、岩波文庫の『カフカ短篇集』(池内紀編訳)を課題に読書会を開催しました。当初は『薔薇の名前』を検討していたのですが、「1カ月前の告知では、読破できる人は限られるのではないか」という懸念から、急遽、カフカ短篇集にスイッチしました。

岩波の短篇集には20篇が収められています。参加者に「最もよかった、または印象的だった作品は?」とたずねたところ、以下のような結果となりました(複数回答可)。

1位 橋(3票)

2位 判決(2票)

   流刑地にて

   中年のひとり者ブルームフェルト

   夜に

3位 掟の門(1票)

   雑種

   こま

   禿鷹

   万里の長城

これらのうち「夜に」はわずか1ページ、「橋」「こま」は2ページの掌編です。ほかにも3~4ページの作品がいくつかあり、「短い作品ほど面白かった」という声もありました。(ちなみに収録作品で最長は「火夫」の53ページです)。

本日は上位得票作品を中心に各作品の印象をたずねたので、以下にまとめさせていただきます。

「橋」

・「私は橋だった」という書き出しで始まり、一人称だと思いながら読んでいくと、途中で三人称視点に切り替わる。不思議な作品。

・よく読むと、途中に「おまえは橋」とある。二人称の視点も入っていたとは。

・橋というのは、何かの比喩だと思った。「こちらの端につま先を、向こうの端に両手を突きたてて」とあるので、人間の姿を想像した。

・解説でも三人称視点の混入が指摘されているが、基本的には終始一人称で、自分を客観的に見るため「おまえ」や「橋は……」といった呼びかけをしたのでは。

・ひとけのない渓谷の橋を渡る旅人は、何かを暗示しているのだろうが、よく分からなかった。

「夜に」

・「夜に」と「父の気がかり」を読んで、宮沢賢治っぽいと思った。みんなが寝ているときに、一人起きていなくてはならない孤独感などは、個人的に好きな「春と修羅」に近い印象だった。

・登場する「見張り」が、夜の孤独な寝所とつながっている感じがよかった。

・自分が信じていたことは、実は誤っているのかもしれない――。そんなことを伝えたかった作品なのでは。当たり前のことを疑う気持ちは『変身』にも通じる。これがカフカなんだな、と思った。

「判決」

・狂っているのは父と息子のどちらなのか分からない。読者を惑わす筆致が面白くて、カフカらしいと感じた。

・父の言動に惑わされる。一見、正しいことを言っているようだが、認知症のようでもある。

・中盤で息子が父の部屋に入ったところで、作品世界が不穏になる。その場面転換の鮮やかさは、舞台のようでもあった。

・〆の一文がかっこいい。「無限の雑踏がはじまった」というのは、実際に野次馬が集まってきたことを言っているのか、それとも、息子の身投げによって止まった時間が再び動き出したという比喩なのだろうか。

・『審判』は途中で挫折したが、「判決」を読んで、「これを長篇化したら審判になる」という気がした。

「流刑地にて」

・砂漠の渇いた感じ、登場人物の陰気な感じが、これまた「カフカっぽいな」と思わせた。

・物語がコロコロ変わって先がまったく読めない。即興で書いたような気がした。

・被告の釈明が許されない社会や、処刑方法などから、生理的な気色悪さを受けた。

・本作の拷問(処刑)の方法はよく練られている。カフカも、よくぞこれを思いついたと思うが、当時のヨーロッパではこうした残酷な処刑が普通だったのだろうか。

「中年のひとり者ブルームフェルト」

・前半と後半で違う話をつなぎ合わせたよう。(※同様の感想は「判決」「流刑地にて」「火夫」など、比較的長めの作品に寄せられました)

・2つのボールが飛び跳ねる前半部は、不思議な感じがしてすごく好きな世界観だったのに、途中で出てこなくなって残念だった。

・後半には勤め先の助手が2人出てくる。これが前半のボールに対応しているのではないか。

・ボールも助手も、自分の意思では制御できないものを暗喩していると思った。

「掟の門」

・この作品に出てくる門番は、『カフカ短篇集』を読むわれわれの前に立ちはだかる存在のような気もした。

・編集者は、本作を巻頭に置くことで、不思議なカフカの世界への入口としたかったのではないか。

「雑種」

・猫と羊が混ざった「雑種」の容姿が、思いのほか具体的に描写されていて面白い。

・この雑種は、カフカ本人のことを言っているのではないか。

・本作に限らず「死が救いである」ということを示唆した作品が多かった。世間からあぶれた者(カフカも、本作の雑種も)にとって、死は待ち遠しい瞬間なのだろうか。

・猫は孤独、羊は群れの象徴で、その両者を兼ね備えたがゆえに、雑種は生きづらかったのだと感じた。

「こま」

・理想的なものを手にしたとたん、現実に引き戻される。そんな、誰にでもある感慨がうまく表現されていると思った。本作は、現実に引き戻された瞬間で作品がプツリと終わっている。そこも美点だと思った。

・その瞬間の描写は、「手にしたとたん、気分が悪くなった」とある。「気分が悪くなる」とは、これいかに?

・動きを止めたから見え方が変わり、気分が悪くなったのかもしれない。

「禿鷹」

・「流刑地にて」と並んで、痛々しく不気味な作品だった。

・禿鷹に襲われているうちに、禿鷹に感情が移ってしまい、「最後は望み通りに心中できた、めでたしめでたし」という解釈でいいのか。

・やはり本作も、死をもって解放されるという印象がある。

「万里の長城」

・一番読みにくかった。ここまで幻想的な世界に慣れてきたせいもあり、突然、現実に引き戻されたような気がした。編集者はこれを『短篇集』の最後に置くことで、読者を現実に連れ戻そうとしたのかもしれない。

・本集の作品はすべてがカフカの妄想であるのに、「万里の長城」だけは取材して書いたような感じがした。

・登場する石工や為政者の心理は普遍的で、名文が多いと感じた。

「プロメテウス」

・「判決」と並んで、これも〆の一文がかっこいい。

・プロメテウス伝説が4つ挙げられているが、このうち2~4つ目はカフカのオリジナルだろうか?

・小説というよりも説話。『遠野物語』を連想した。

「喩(たと)えについて」

・読者を煙に巻くために書いたのかな、と思った。

・「夜に」は短いが、作品として読める。でも「喩えについて」は読みこなせない。禅問答を読まされているようだった。

「父の気がかり」

・謎の生物「オドラデク」を表題にしてもよさそうなのに、「父の気がかり」とすることで、視点が父になる。そこがうまいと思った。

・謎の言葉を用いるところや、相手に名前を訪ねるところなど、賢治の『やまなし』を思った。読了後、解説を読むと果たして『やまなし』に言及していて、膝を打つ思いがした。

「火夫」

・前半はカールが弱く、火夫が強いのに、気づいたら立場が逆転していて、よくわからなかった。

・火夫は最後、かわいそうになるが、一応めでたしめでたしなのだろうか。解説が欲しい。

・とにかく退屈で、「読まされた」という感がある。

「狩人グラフス」

・これも、作品全体に「死」がただようところが賢治っぽい。しかし、賢治よりも毒気は強かった。

・グラフスの表情は映像的に楽しめた。

「夢」

・冒頭が非現実的で、実際、夢オチであるという、安心して読める作品だった。

・全体の印象がとてもきれいだった。

・墓石に自分の名前を刻み、それをうっとり眺めるなんて、やっぱりカフカにとって死は憧れなんだと思った。

「田舎医者」

・子どもの歌が狂っていて怖かった。

「人魚」

・人魚が出てくることを期待したのに、それに反した内容で肩透かしを食った気分。

「町の紋章」

・習作っぽいと思った。

※「バケツの騎士」は言及するのを忘れました……。すみません。

全体の印象としては、上にもご報告のとおり「宮沢賢治っぽい」「死の印象が強い」という声が多く聞かれました。

ほかにも、「安部公房っぽい」「なぜこの20篇を選び、この順番で並べたのか、編集意図を知りたい」という方もいました。

また、「どう解釈したらいいのか分からない」と話す方も多く、「短篇でこの調子なのだから、長篇の『城』や『審判』はとても読みこなせないのではないか……」と尻込みしてしまうほどでした。

いっそのこと『城』『審判』も課題図書にして、みんなで読んでみますかね~。

さて、次回はいよいよウンベルト・エーコの『薔薇の名前』です。

また次回、お会いしましょう!

2019.2.27開催、3.10記

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