第82回 東京小説読書会の報告
サワディーカー!SHOKOです。2018年5月25日、東京小説読書会「長篇読破版」の第3回目として三島由紀夫著『豊饒の海第三巻 暁の寺』を課題本に読書会を行いました。今回も前回と同様女性6名、男性2名という構成でした。果たして、Murataさんが心配するように男性に厳しい読書会となってしまうのでしょうか…?
以下、重大なネタバレを含みます。
『豊饒の海』は、三島由紀夫最後の長編小説で、シリーズ全体は平安時代後期の「浜松中納言物語」を拠り所とした夢と転生の物語です。第三巻「暁の寺」は、第二巻の主人公である飯沼勲が自刃してから数年後、47歳となった本多が仕事でタイを訪れ、自分は日本人の生まれ変わりであると主張する幼いタイ王国の姫君に出会うところから始まります。本作は戦前戦後で2部構成をとっており、1部は終戦まで、2部は終戦後(昭和27年)とその15年後というように大正時代を舞台にした一部、第二次大戦前夜の二部を経て、いよいよ時代も(本多も…)大きく変わってゆくのでした。
■心を捉える描写、麗しの国?タイ
雨期のバンコックから始まるというインターナショナルな展開です。装飾的な寺院、極彩色の自然、聖俗混沌とした街の風景、読んでいるだけで暑い…いや美しいです!「よかった」「過剰だった」と感想が二分しました。その国を知らない人が読んでも熱気を感じ、光景が見えてくるような素晴らしい表現だと思います。梅雨目前のせいか、ちょっと暑苦しくない?とちらっと思ってしまったのですが、実際その光景を見たことのある(現地へ旅行したことのある)参加者の方々には経験と重なるところもあるのか概ね好評価という傾向がありました。
■読者の前に立ちはだかる「阿頼耶識」!
いや~前半読みにくかった!と実はこっそり息切れしてしまっていたのですが、他の方からも同様に輪廻転生に関する様々な考察パートについては「怠かった」という感想を聞いて嬉しくなりました(仲間がいる!)。二巻の“神風連”のパートと並んで試されてる感じがしますね。とはいえ、取材旅行の成果ともいえるタイ、インドの風景描写から輪廻転生の研究に至るまでの部分は作者的にはかなり気合が入ってたんじゃないの?と、思い入れの強さはどこよりも感じます。第三巻の1部、2部と見たときに、むしろ1部は三島が好きなもの、2部は嫌いなものと区分できる!という意見に信憑性を感じます。
■「春の雪」からの流れはいったん1部で終結?(再登場のモブたち)
第一巻、第二巻で活躍していた人物たちがカメオ出演するのですが、それはこの「暁の寺」の中でどんな意味があるんじゃろ?と不思議だったのですが、「豊饒の海」の大きいテーマ「転生」ということで、経緯を思い起こさせると指摘されて腑に落ちました。
今までの物語で活躍してきたモブたちが時を経て様々な形で本多の前に現れます。その中でもインパクトあったよねーと軽く盛り上がったのが蓼科(「春の雪」のヒロイン・聡子の侍女)。敗戦色の濃い焼け野原の東京、昔の面影を失った松枝侯爵邸跡を訪れた本多の前に現れた95歳の彼女は本多から卵をわけてもらい「まぁ、お玉!」という名言を残し、卵のお礼に密教の文言を教えて立ち去るのですが、ここの場面、かなりホラー味あります。また、「奔馬」で自刃した勲の父親・飯沼が本多宅を訪れただけで、金の無心と思われてしまうちょっと切ない場面では、必要以上に警戒する本多の心の声が滑稽です。さらに今までは、新時代的な思想の人物とされていた新河男爵が、もはや旧時代的の象徴となってしまっているわけですが、それを読みとくのも歴史の変遷を感じさせる長篇小説の面白さではないでしょうか。
■急展開する2部!
焼け野原になった東京の光景で1部が終わり、2部は新たな登場人物(本多の隣人・慶子)のセリフから唐突に始まります。ガラッとトーンが変わり、あんなに説明過多だった1部にくらべて、ちょっと説明足りなくない?というくらい2部の展開は早いです。参加者の方からも、2部は読みやすかった、面白かったというご意見が多かったです。ただ、急展開している分、説明がやや端折られている感があり、読者を妄想させるような余白が多い印象です。「春の雪」~「暁の寺 1部」までの格調高めな表現と比べ、エッセイなどに見られる三島特有のユーモアや皮肉が盛り込まれてきます。
■個性的な新時代の女性たち
2部から華々しく登場する本多の隣人・慶子ですが、アメリカ人の将校を恋人に持つ謎の有閑マダムです。やたら肉感的な美人という印象の彼女は欲望への処し方もオープン、まさに新時代をイメージさせる女性です。本多とは“おばさん同士”のような、秘密を共有する共犯者のような関係性を感じさせます。この慶子にしても、「奔馬」から引き続き登場の慎子(本質的に一番変化のない登場人物かも?)の弟子・椿原夫人にしても、新シリーズのモブはその背景があまり見えてきません。登場も退場も唐突な印象です。対して、本多の妻・梨枝は第二巻までの希薄な印象から大きく変わり、夫との形勢逆転ばりな主張すら表してきます。本多・母亡き後、この夫婦に何があったのでしょう?と様々な想像をめぐらします。優しい(無害な?)の夫がおり、裕福で何不自由ないはずの一見幸せそうな妻が、実は不満を募らせていたという、まぁ不思議ではありませんが、様子がおかしい夫をじわっと追い詰める描写はスリリングです。“金を得た夫に戦慄する”妻は、夫の秘密を知りこれからどうなってしまうんでしょうか…。そもそも会話のない夫婦だったんだろうねと、、なぜか夫婦についてちょっと考えさせられるのでした。そして、物語のキーパーソン、清顕→勲ときて3度目の転生、可愛い遅刻魔、ジン・ジャン(月光姫)。7歳のときにタイの宮殿で本多に会ったことはきれいさっぱり忘れ、日本に留学にやってきます。性格的なところも、存在としても、一番つかめない、謎めいた人物という感想が多かったです。本多の前で見せた生まれ変わりを連想させる言動(なぜか成長して忘れる)や、プールで見えなかった黒子がベッドルームでは現れるなど、本文だけで納得しづらい部分が多く様々な憶測を呼びます。留学中も双子で入れ替わっていたのでは?本多を翻弄することを楽しんでいるのでは?本多が後年再会するアメリカ文化センター長夫人はジン・ジャンなのでは?等々、読者も翻弄されるのでした。
清顕、聡子、勲、ジン・ジャンらの美しさの表現から、三島の若さに対する強烈な熱望が見えるという感想がありました。(20歳くらいがピークという主張?)
■そして本多はどこへ…?
やっぱりさー、若い時に遊んでないと年取って金持ってからの弾け方がおかしいよね、とちょっとかわいそうな存在に見えてくる本多ですが、実はここから本領発揮!第三巻になってようやく物語の観察者から主人公に躍り出て、人間らしさを感じられる存在に。とはいえ、この本多の崩れ方に老いの醜さに対する三島の一貫した厳しい目線が感じられます。恋もできなければ、人助けもできなかったという過去から振り切った感のある余生がはじまりました。第二巻からのギャップがすごいですが、明らかに第三巻の1部と2部では作者の方向性すら変わっている印象です。金持ちのくせに金のかからない快楽(覗き)にはしったり、若い娘に翻弄されて喜んだり(M?)、慶子の足に接吻したり(M?)その言動のはっちゃけぶりにテーマが「転生」であることすらうっかり忘れそうになるのでした…。
今回も読巧者の皆さんの鋭い考察が飛び交い、大いに盛り上がりました。参加者の皆様、どうもありがとうございました!
次回は、いよいよシリーズラスト!『豊饒の海 第四巻 天人五衰』です。
2018.5.25開催、5.28記(SHOKO)