top of page

第81回 東京小説読書会の報告


当読書会では毎月の課題図書を決めるとき、しばしば参加者の「積ん読」から選ばせてもらっています。3月の「ゴドー会」の折に軽くヒアリングさせていただいたところ、あがったのがカーレド・ホッセイニ著『千の輝く太陽』でした。

恥ずかしながら、著者名もタイトルも初耳。同書をあげた方も「知人に『すごくいいから読んで!』と言われたものの、そのまま積んでしまった」とおっしゃっていました。

その手の経歴の積ん読を待っていたんです!

と、いうわけで、2018年5月16日に同書を課題本として読書会を開催しました。

参加者は私ことUranoを含め、5名でした。(※さすがにマイナーすぎたのか、いつになく少数精鋭でした。ちなみにHajimeさんは家事対応のため不参加でした)

※※※以下、重大なネタバレを含みます※※※

■アフガニスタン哀史

著者カーレド・ホッセイニは、アフガニスタン生まれのタジク人。15歳のとき家族でアメリカへ亡命し、現在は英語で創作を行っています。とはいえ、本業は医師。

デビュー作『君のためなら千回でも』で一躍、注目され、その後は『千の輝く太陽』と『そして山々はこだました』を発表したのみ(2018年5月現在)という寡作な作家です。

課題本にした『千の輝く太陽』の舞台はアフガニスタン、時代は20世紀後半です。中心人物は2人の女性で、ひとりは1959年生まれのマリアム、もうひとりが1978年生まれのライラです。この2人は、ラシードという靴職人の男に嫁ぎます。マリアムが第一夫人、ライラが第二夫人です。

彼らの人間ドラマの背景に、アフガニスタンの現代史が重なります。マリアムが生まれたのは平穏な王政時代でしたが、その後クーデターが起こり、内戦が勃発。ソ連が侵攻し、撤退後はタリバン政権が勃興。最後はアメリカが侵攻します。「社会(ないし政治)」と「人生」は、どのようにオーバーラップするのか。「命は地球より重い」というのは本当か――。そんなことを思わずにはいられない、深くて重い読書体験ができました。

巻頭の献辞には「アフガニスタンのすべての女性に捧げる」とあり、ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイ氏も「読んでほしい一冊」としてあげられたそうです。

私はもろ手をあげてそれに賛同し、読書会の開始早々「全人類必読の書だ!」と興奮気味に語ったところ、すかさず「えぇ!? そこまでいく?」という声が。

いわく、「多感な青少年なら読む価値があると思う。でも、ニュースでさんざん中東紛争に触れてきた大人にとっては、今さら感がある」とのことでした。

言われてみれば、そうかもしれません。でも、「ロケット弾が飛び交う下で、どんな日常が繰り広げられていたのか」を知ることのできる本として、かけがえのない存在だと思うんだけどなぁー。

■慣習を生かした構成

本書は全4部構成。第1部では、私生児として生まれたマリアムの幼少期から、なかば強引にラシードに嫁がされ、夫のDVに耐える日々が語られます。

しかし第2部では一転して、ラシード宅の5軒先に住むライラの学生生活が中心になります。ライラ一家は日々戦況が悪化する町を逃れようと計画しますが、あと一歩間に合わず空爆を受け、両親が亡くなります。

そして第3部になると、ライラがラシードの第二夫人として受け入れられている、といった構成になっています。

あたまから読んでいくと、第2部でマリアムの話がぱたりとなくなって戸惑いますが、第3部で「ああ、そういうことなのか!」と膝を打てる仕掛けになっているのです。

「一夫多妻制というイスラム社会の慣習を生かした構成だったとは」「まさにサプライズな展開」と、この構成には参加者一同も大満足でした。

■まるで女性作家

その第3部では、マリアムvsライラの嫁姑問題じみた内紛が続いてピリピリしどおしですが、ライラがラシードの暴力からマリアムをかばうシーンをきっかけに、両者は歩み寄ります。この場面の直後、ライラがマリアムに「一緒にチャイ(お茶)を飲みましょう」と誘うのですが、このシーンは絶品。

「とても繊細な描写で、女性作家の作品を読んでいるようだった。それまでもチャイを飲む習慣は描かれていたが、このような展開につなぐとは」と、皆さん「感動のシーン」と話されていました。

ほかにも、「ふだんは慣例にならって黒一色のブルカを着ているなか、たまに着飾るシーンでの心理描写も細やかで女性作家のよう」

「マリアムはラシードのことを嫌っていたのに、ライラを迎えて構われなくなると嫉妬心を芽生えさせる。こうした心理描写も面白い」という意見が聞かれました。

■テーマは女の友情?

第3部ではライラが2人の子(姉アジザ、弟ザルマイ)を産みます。2人はすくすく育ちますが、ある日、ライラが元恋人のタリークとこっそり会ったことがラシードにばれると、ライラはラシードに襲われます(ライラの第一子アジザはタリークとの子)。首を絞められ、ライラの命もここまでかと思った瞬間、マリアムがラシードの頭にスコップを振り下ろして撲殺。その後マリアムは自首して死刑になり、ライラはタリークのいるパキスタンへ逃れました。

そして第4部でライラは孤児院の教師となり、3人目の子どもを身ごもった場面で物語は終わります。

一連の物語で際立ったのが、マリアムとライラの深い絆でした。2人の「かすがい」になったのがアジザで、彼女がマリアムになついたことで、2人の絆は確固たるものとなっていきました。

「最初のころは何事にも無感動だったマリアムが、アジザに心動かされ、ライラのために命を賭けた。この変化がすごい」

「2人の絆の結ばれ方は、男の友情を描いた小説に匹敵する。女性どうしの混じりけのない友情を描いた小説として、たぐいまれな存在」

などなど、この点においても参加者一同、大絶賛でした。

■著者は中立

ところで、一夫多妻制にしろ、ブルカの強制にしろ、現代の私たちの価値観からしたら「?」と映る社会も、著者はあくまでも中立な立場から描いているように受け取れます。読者ははじめ、ラシードのあまりの内弁慶っぷりに辟易することでしょう。けれども冷静に読んでいくと、著者はラシードを悪者として描いていないんです。タリバン政権についてもしかりです。

「このような価値観に染まったラシードやタリバン兵も、もしかしたら被害者なのかもしれない」

そう思える余白がたっぷり取られていると感じました。

ラシードに関していえば、後半、失火で靴工房が全焼したため、生活費を稼ぐべく慣れないアルバイトに精を出します(結局、行く先々で使い物にならず、ののしられてしまうのですが……)。救いようのない内弁慶だけれど、一応は妻子のことを考えているんですね。 また、タリバン兵は、処刑台に向かうマリアムに話しかける若者が印象的に登場します。この場面では、悪政を敷く側にも、一面からではとらえられない人生があることが示唆されています。

■その他の主な感想、ツッコミ、ほか

・『ピノキオ』が実は伏線だった! 最後のシーンは感涙もの。

・ジャリール(マリアムの父)にしろ、ラシードにしろ、男が残念すぎる。そんななかタリークだけがイケメンすぎ。

・男が残念になる社会だということがわかった。ラシードも、ライラのマミーも、男子をちやほやしすぎ。

・前半のマリアムは悲劇そのものだが、自ら苦しい道を選択しているようにも見えて、同情することはできなかった。

・タイタニック・ブームに沸くアフガニスタンに親近感が湧く。

・タリバンに禁止されてテレビを庭の地面に隠し、それを協力して掘り起こして娯楽を楽しんだり、ラシード家にもほっこりできる場面があってよかった。

・そのタリバンの禁止令はやりすぎ。「すべての男は髭を生やせ。正しい長さは、顎の下、少なくとも拳一つ分である」って、髭が薄い男はどうしたらいいんだ。

・「インコを飼う者は打たれる。鳥は殺される」「公の場で笑ってはならない。笑う者は打たれる」というのも、どうかしている。

・「あとがき」を先に読んだらUNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)の宣伝が書いてあって、てっきり「亡命→難民」という展開なんだろうと思ったけど、予想に反してずっとアフガニスタンに留まっていた。

・もっといえば、ほとんどずっと「家の中」に留まっていた。

・その「あとがき」は、ほぼUNHCRの紹介に終始していて(URLまで併記!)、なかなか異色だった。

・単行本は装丁が暗すぎる。これじゃあ誰も買わない。

・文庫本のカバーイラストがポップなのは、単行本の売れ行きが悪かったせいか?

 ◇

「早川書房はもっと頑張って、この名作を一人でも多く(特に中高生)に読んでもらえるよう、マーケティングをしっかりしてほしい!」

そんな話でまとまった1日でした。

皆さんもぜひ、お手にお取りください。

2018.5.16開催、5.27記

Tokyo

Novels

Party

© 2015 by Tokyo Novels Party created with Wix.com

bottom of page