第77回 東京小説読書会の報告
こんにちは、SHOKOです。2018年4月27日、東京小説読書会「長篇読破版」の第2回目として三島由紀夫著『豊饒の海第二巻 奔馬』を課題本に読書会を行いました。男祭り感が漂う本作、これは読書会も男祭りか?と思いきや、初参加の3名を含む女性6名、男性2名という“ほとんど女子会♪”。なかには三島好きすぎて巡礼しましたという強者もいらっしゃり、三島人気の根強さを改めて実感したのでした。
以下、重大なネタバレを含みます。
『豊饒の海』は、三島由紀夫最後の長編小説で、シリーズ全体は平安時代後期の「浜松中納言物語」を拠り所とした夢と転生の物語です。その第二巻「奔馬」は、第一巻「春の雪」の主人公、松枝清顕の死からほぼ20年後の昭和初期が舞台、控訴院判事となった本多の前に親友だった清顕の生まれ変わりである飯沼勲が現れます。勲は「神風連史話」に心酔し、腐敗した社会に革命を起こそうと決起を企てるのですが、あえなく失敗し投獄されます。本多の弁護により罪を免れた勲ですが、自分の理想を貫くように、最後は財界の黒幕・蔵原を刺し自害するのでした。
■全員一致で「面白かった!」
私も勿論面白いと思いましたが、「春の雪」の貴族的で美しいラブストーリーに比べて、こちらは思想的、戦争前夜の社会情勢もふんだんに盛り込まれた骨太な展開なので、この反応は正直意外でした。前回に続き今回もほぼ全員が再読派、大学生の時に読んだという方が多かったのですが、「以前は勲に感情移入できたけど、今は本多目線になってしまう」というご意見が。わかります!読むタイミングで視点が変わる、新たな印象を得るというのは、まさに再読の醍醐味です。以前はもう少し主人公のカタルシスに同調できた気がするんだけど、という意見に頷く方が多かったです。
■登場人物の個性が薄め?
第一巻に比べるとそれぞれの個性が掴みづらいという印象がありました。確かに、清顕の圧倒的な美しさが伺われる描写に比べて、勲のビジュアル的なイメージは掴みにくいところがあります。鍛え上げられた、若い「肉体」を通して終始三島の思想が語られている、勲に対する本多の考えを書くことで、実は作者自身は葛藤していたのでは?というご意見もありました。また、前作であまり語られることのなかった聡子の婚約者、宮様の執着や、勲の母である元松枝家の女中のみねと侯爵の関係性、そのことに対する飯沼の思いなど、一巻であまり明るみになっていなかった人々の思惑にスポットが当たったことによって作品への理解が深まった感はあります。
■「神風連」の存在
本篇中の「神風連史話」を読むのは軽く修行…というのは私だけの感想ではありませんでした(ホッ)。60頁を割いて語られる西南戦争につながる内乱について、史実に基づき三島が創作したらしいのですが、挫折するとしたらここじゃない?という見解で一致するくらい怠いです。しかし、読者をそういう気分にさせてまで(?)綴られたことに、三島の強い思い入れを感じます。その後の勲の行動の動機となるものでもあるので重要なのですが…、だからあの行動に至るのかと納得するに足るほどでもないというところに、時代の隔たりを感じざるを得ません。本篇では随所に「こういう風に死にたい」という三島の理想が描かれているというご意見がありましたが、まさにその最たる部分なのかもしれません。「死にたい」という願望が繰り返し表現されることは、流麗な文体とはいえちょっとウザいのでは。。。
■本多と勲
大神神社の奉納剣道試合に来賓として出席した本多は、そこで勝利した少年(勲)を目にして「こんなに若者らしい若者を久しくみたことがなかった」と軽く心を奪われています。さらに滝の下で清顕と同じ黒子を勲の体に発見して戦慄する本多!その周辺の情景、白い百合、白い褌(!)、象徴的に盛り込まれる白と匂いたつようなうっそうとした緑の山の描写に気持ちは一気に奈良へ。神秘的な光景の中でまさに神秘を目にした本多の夢と現実の物語が始まるわけです。実は夢に傾倒するあまり幻覚を見てるんじゃない?と疑ったのですが、黒子については刑務所でも確認されてるとご指摘いただきました。清顕の墓の前で「この墓の中には誰もいない」と本多が直感するところは読みながら戦慄をおぼえた!という感想からエンタメ要素の大きい作品でもあるのかと。青春の最中に救えなかった清顕の命、それが飯沼の庇護下で再生したと知り、判事の仕事をやめ、今度こそはと勲の命を救うことに躍起になる、一貫してドラマの観察者だった本多のなかでいよいよ何かが壊れはじめます。
■やはり女は生々しいのか。。。
この男性的なドラマのなかで、勲の母であるみねのねっとりした女性性が際立つとのご意見がありました。そんな思いを抱かせるみねと対局にあるのが飯沼家と懇意にしていた鬼頭家の出戻り娘・慎子。アラサーですが、一回りも若い勲をロックオンします。彼女の離婚の原因が夫の女性関係ということで、当時は妾の存在が珍しくもないわけですから、慎子の潔癖性が伺えます。だからこそ純粋で理想に燃える勲に惹かれたのでしょう。しかし、彼女は最終的に勲という人物を見誤ってしまうのですが…。また、清顕の祖母が「お金の足音云々」と執着を残し亡くなったという挿話も印象的でした。三島は幼い頃、母親から隔離され祖母に育てられていたという経験があるらしく、老女の描写はその辺から来てるのかもと納得したのでした。
■佐和という人物
物語の後半で暗躍するなんて思えないくらい、気のいいおじさんという態でさりげなく登場する飯沼の塾生・佐和。様々な疑問についての“解”が出ないこの作中で、最も謎の多い人物では?と話題になりました。「奔馬」の後半の人間関係は特に含みが多く、特に佐和という人物は、もっそりした中年を装い、ちゃっかり勲の行動をスパイしていたのでは?山を売って手に入れたというお金の出所も実は違うのでは?また、勲の行動は慎子が告げ口したようだったけど、実は佐和だったのでは?揚げ句、慎子のことを「あんな女は怖いから、今度ちゃんとかわいい女を紹介する」と言い放つなど不可解な言動が多いです。柔和に見えて目が笑ってないこの曲者は、名優・西田敏行(の若い時)のイメージという意見が2票ありました。個人的には香川照之もいいなと思ったのですが、いずれにしろ演技派性格俳優でないとこなせない役どころでしょう。
■下宿宿の老人の謎の証言
勲の裁判の場面はかなり面白く「神風連」で挫折しなくてよかった!と思わせてくれます。慎子がしらっと偽証するところに女の底知れない怖さを見、下宿で20年前に勲を見たという老人の証言には、本多だけでなく読者もゾクゾクされられるのです。
■「純粋」さとは
ここで勲(三島?)がこだわる純粋さって結局なんだろう(死?)という話がでました。入獄中の勲の考察はかなりシニカルで興味深いです。死にたがる若者の物語の構造には「三島が20歳で終戦を迎えた」ということが大きく影響しているようです。(なるほど)
■飯沼家の親子関係
飯沼親子の距離感、よそよそしさは当時としては普通なのでしょうか?実は勲は飯沼の子供じゃないんじゃ?という説がありました。勲の行動を阻止した飯沼の行動について、自分がなしえなかった理想の実現を息子がすることに嫉妬したのではという鋭い指摘にいろんな意味でハッとさせられました。
■「幻のために生き、幻をめがけて行動し、幻によって罰せられた」
という勲のセリフはとても象徴的で印象深いです。「女に生まれ変わったら、幻なんぞ追わんで生きられるでしょう、母さん」という痛烈な皮肉を自分の母親に対して言い放つ勲。女性としてぞわぞわします。これが次巻への伏線にもなるわけですが、ここに限らず本編中には物語の伏線が多々はりめぐらされおり、後半の展開をより鮮烈なものにしているのです。まさに激しく走り抜ける「奔馬」のようなダイナミックさを物語から感じ、心地よい興奮が残るわけです。
今回も大いに盛り上がり“瞼の裏に日輪が赫奕と昇った”ことを見届け、無事終了しました。
参加者の皆様、どうもありがとうございました!
次回は、異国情緒漂う『豊饒の海 第三巻 暁の寺』です。
2018.4.27開催、4.29記(SHOKO)