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第72回 東京小説読書会の報告


こんにちは、はじめまして、SHOKOです。東京小説読書会のスピンオフ「長篇読破版」をお手伝いさせていただきます。偉大な主催者お二人(Uranoさん、Hajimeさん)の足を引っ張らないよう、微力ながら務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

2018年3月30日、東京小説読書会「長篇読破版」の第1回目として三島由紀夫著『豊饒の海 第一巻 春の雪』を課題本に読書会を行いました。1冊の本の感想をシェアしあうことで個人の価値観に留まりがちな読書の世界観が広がる!さらに長篇小説の途中で意見交換しあうことで、その後読み進める過程での印象が変わっていくんじゃないかしら?という好奇心(軽いノリ)で提案したことが今回開催の運びとなりました。年度末の忙しい時期にもかわらず、初参加の1名を含む7名で無事開催することができました。

以下、重大なネタバレを含みます。

課題本である『豊饒の海』は、三島由紀夫最後の長編小説で、シリーズ全体は平安時代後期の王朝文学「浜松中納言物語」を拠り所とした夢と転生の物語です。その第一巻「春の雪」は維新の功臣の孫にあたる侯爵家の嫡男(松枝清顕)と公家の出自である伯爵家の令嬢(綾倉聡子)の恋愛物語です。ちなみに“新潮文庫あるある”ですが、すでに裏表紙の解説がネタバレ…「ついに結ばれることのない恋」とありまして、つまり、やはりこれはその過程を楽しむべき小説でもあるということなのか、という声になるほどと思いました。ちなみに、参加者7人中6人が再読派でした。教科書に出ているわけでもないのに、三島のブランド力の高さを改めて感じます。

■全員一致で「美しい」!

全員の感想に共通していたのが、とにかく三島らしい美しい描写を堪能できたという感想でした。文章を読みながら映像が浮かぶ、とにかく三島由紀夫という人の言語化能力はすごいと盛り上がりました。この小説のどこを切り取っても絵や和歌になるのではないでしょうかというほど、瞬間、瞬間、刹那的な美の表現が全体にちりばめられています。文章が美しく、それゆえにセリフも印象的なので声に出して読みたいところがたくさんあるというご意見も。ラブシーンの官能的な表現にうっとりしたなど、各人のお気に入りの場面は語りつくせない印象でした。

■完全無欠のラブストーリー

そんな華麗な文体で綴られる美男美女の物語は悲恋が鉄板ですよね。ただ、この物語で恋仲になる清顕と聡子が、どういう過程でお互いに惹かれたのかというところが見えないという意見がありました。確かにそうなんです。それゆえに生々しさがなく、さらに前半における清顕という存在の全能感は神話に近いのかもしれないというご意見も。男女問わず誰もが魅了される美貌の清顕には、やはりそれにふさわしい女性・聡子がお似合いというビジュアルで進めていく夢の国の物語に理屈は不要、実は神話的な世界観が前半に流れているのではないかという見解に参加者一同納得するのでした。

■松枝清顕という人物について

今回の参加者の大多数から「イラっとした」「怒りすらおぼえた」「ムカついた」と芳しくない評判だった〝大正のこじらせボーイ“清顕。そんな中「三島が大好きだから、その作者の憑依とも受け取れる清顕も好き」という貴重なご意見が!毎度思いますが、自分と正反対の意見を持つ方の感想ってとても面白く勉強になります。20歳までの三島を表現していたのか、三島の憧れる存在を表現したのか、いやいや、むしろ現実的には本多が三島なのではないか?と様々な見方がありました。清顕という存在から思春期の自分の感情を思い出すようであまり好きになれない、作者がどういう視点からこの思春期特有の感性、潔癖さを描いたのかも興味深いという感想もありました。個人的には松枝侯爵夫妻に近い年齢ということもあるせいか、息子が清顕みたいな何考えてるかわからない夢見がちなタイプだと扱いに困るよね、という同世代の意見に共感してしまいました。繊細さやこじらせ方が、実は現代の若者の感性に近いんじゃない?という見方にも納得できます。(現代の若者に対する偏見でしょうか…)

■物語が一気に展開する後半

前半の観念的な物語が途中から一気に現実的になっていきます。それは、清顕の夢の恋人である聡子に宮家との縁談がもちこまれると

ことから、聡子との恋が「禁忌」になるということで、清顕の内面が変わってゆくからです。そもそもここまでの清顕の態度からは「聡子のことが本当に好きなの?」な感が否めないのですが、その存在が「至高の禁」となったところから「聡子に恋をしている」と高らかに宣言してしまうわけです。(それってどーよ?と大半の女子は思うでしょう)ゆえに、最終的に「やっぱ清顕は別に聡子のことを愛してたんではないんじゃない?」「美しい自分にふさわしい美しい女程度の認識だったんでは?」という疑問も生まれるわけです。ですが、この展開について、観念的に生きていた清顕に「自我」が生まれ、それによって夢のなかの住人でいられなくなったので、現実の世界に身を置かざるを得なくなってしまったというところから悲劇が加速したのではという見解を伺い、今まで(恥ずかしながら)何度読んでもはっきりしなかった物語の輪郭が見えてきた印象を受けました。いたって平凡な私の感性は、清顕の死因は「風邪をこじらせた肺炎(うんうん)」と認識していたのですが、実は「自我」のせいだったんですかい!

■現実の世界だと女が強くなる

「至高の禁」を犯すということに夢中になりすっかり下界に降りて全能感をなくしてしまった清顕に比べて、聡子は後半に女性として活き活きするよね、と女性陣で盛り上がりました。最後の潔さ、頑なさに至っては清顕とはまるで次元が違う世界にイっちゃってます。聡子以外にも、綾倉夫人(聡子の母)や蓼科、月修院門跡など後半はほとんど女の(つまり現実の)世界です。三島にとって女性はグロテスクでリアルな存在なんでしょうか。

■魅力的なモブ(脇役たち)

ここまではメインとなるラブストーリーを中心にまとめてみましたが、この作品には実に多くの魅力的なモブが登場するのです。綾倉家に仕えながら実はその不幸を楽しんでる印象のある老女・蓼科や血生臭い維新の時代の生き残り・清顕の祖母の所謂「怖い婆達」ですが、好きな登場人物としてあげる方がいるくらい作品のなかで重要な役割を果たしています。わかりにくい息子に最後はキレる楽天家の松枝侯爵、考え方が公家そのものである綾倉伯爵、人としてわかりやすい本多(地味に好感度で2票獲得)など、参加者の好きな人物ランキングは一人に集中しない結果でモブ優勢でした。シャムの二人の王子は存在が象徴的すぎたのか、残念ながら誰からもスルーされてしまっていました。もっとスルーされてしまっていたのが、意外にも、松枝家の書生・飯沼です。なぜか読者の心にはその存在がそれほど刺さらなかったらしいです。飯沼の登場シーンではやたら胸毛を強調してる印象なのですが、三島作品の胸毛や腋毛の主張は独特だよねーとやはり作者の傾向に話がいきました。男性性に対する憧れということを強く感じさせられます。個人的には飯沼ったら清顕に屈折した愛情を抱いちゃってるよねというBL的な印象を受けたのですが(実は本多→清顕も)、この見解に対しては男性の参加者からあまり共感が得られませんでした…。

■「春の雪」とは

清顕の夢に現れる着物や雪に象徴されるような「白」という色に意味があるのでは?そこには、触れることで汚れる「神聖性」もあるのかもしれません。また、本来冬に降る雪について、なぜ春なのかというところで、溶けてなくなる「儚さ」に春に咲く桜の散り際の儚い「美しさ」も重ねているという見方など様々な解釈があり、三島の作品でも謎が多い長篇と言われる所以が伺われました。

三島がこだわっていたという「終わる事の美しさ」「滅びの美学」を、中身があるようでない清顕と聡子の関係性にあて、その美しさをじっくり鑑賞し、さらに作品の理解を深めることができた充実したひと時でした。参加者のみなさん、どうもありがとうございました!!

次回は耽美からガラっと硬派にトーンが変わって『豊饒の海 第二巻 奔馬』です。

今回地味だったモブの活躍が楽しみです。

2018.3.30開催、3.31記(SHOKO)

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