第64回 東京小説読書会の報告
2017年12月20日、年内ラストとなる読書会を、課題本『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳)にて行いました。
課題本の選定は、さかのぼること2カ月前。「村上春樹ノーベル文学賞カウントダウンナイト」のあとの飲み会で、「せっかくだからカズオ・イシグロを読もう!」という話になり、私ことUranoが『日の名残り』を、Hajimeさんが『わたしを離さないで』を提案し、恒例のジャンケンによって決定した次第です。
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今回はこれまでと趣向を変え、自己紹介とともに「参加者に共有しておきたい一番の感想」または「参加者に聞いてみたい疑問・質問」を語っていただき、それに基づいて進行しました。
以下、寄せられた感想、疑問・質問と、それに付随する意見を要約して掲載いたします。 ※※※※※全体にわたって、重大なネタバレを含みます。ご注意ください※※※※※
▼1人目のご感想
一読して、「オチを考えずに書いたのではないか」と思った。また、67ページ(文庫版)の販売会のシーンで、エミリ先生のキレ具合がヤバイと思った。
▼参加者のご意見
・オチについて、違和感はなかった。
・予想の範囲内の着地点という気がした。臓器提供者の隔離施設という設定のもと、途中まで物語が進行した以上、これ以外のオチは考えにくいと思った。
・エミリ先生の人物像は、前半と後半でだいぶ変わっている印象を受けた。やはり細部の人物設定は措いたまま執筆したのだろうか。
▼2人目のご感想
ものすごく久しぶりに再読した。初読者に印象を聞きたい。また、クローン人間の元になったのは誰なのか、意見を聞きたい。
▼参加者のご意見
・作中、クローンの「親」はクズのような人間だと説明されているが、そのようなことはないのではないか。
・クローンから臓器提供を受けるのならば、自分のクローンから受けたいと思うもの。であれば、むしろ裕福な人が、いざという時にそなえてクローンをつくったと考えるほうが自然ではないか。
・そもそもの設定として、クローン人間の教育機関というのが偽りなのではないか。たとえば、ヘールシャムの施設が実は孤児院だったとしても違和感はない。
▼3人目のご感想
イシグロ作品は『遠い山並みの光』『浮世の画家』に続いて3作目だが、前2作とはだいぶ印象が違った。「教わっているようで教わっていない」という感覚が独特だった。
▽補足/これに関しては、途中まで「何やら不穏なことが起きているようだが、全貌が分からない」という感じで、なかなか読み進められなかったという意見が多数でした(特に初読者から)。
▽しかし「1ページ目の『提供者』『回復』といった言葉で、何となくネタは分かった」と話すツワモノもいらっしゃいました・・・(ちなみに、この方も初読者です)。
▼4人目のご感想
ルーシー先生が「あなたたちは生きられない」と話すシーンが一番印象的だった。
▽補足/このご感想の関連として、ルーシー先生(臓器提供のことを明かす)とエミリ先生(臓器提供のことを生徒に隠す)のどちらに師事したいか、といったことでも意見交換が活発化しました。
▼5人目のご感想
ルースに共感した。対人関係の反応が、最も人間らしく感じられた。皆さんが誰に共感したのかを聞きたい。
▽補足/決を採ったところ、ルースが2名、トミーが5名くらいでした。ちなみにキャシーは0名で、これについては「当然」との声が多数でした。
▼6人目のご感想
なかなか物語に入り込めず、何とか読み終えることができたというのが一番の感想。
▽補足/これも他の初読者に共通するご感想ですね。ちなみに「イシグロ初読者は、この分かりにくい作品を読んだあと、果たして2作目に手を伸ばすのか?」ということにも話題が及びました。
▼7人目のご感想
初読時はつまらなかったが、再読してみたら面白かった。疑問に思ったのは、「生徒たちはなぜ反乱しないのか」ということと、「キャシーの一人称だが、誰に対して語っているのか」ということ。
▼参加者のご意見
・反乱については同じことを思った。「コテージ」時代には、いくらでも脱出のチャンスはあった。そういう方向に物語が展開してもよかったのではないか。
・生徒たちは物心ついた時から施設の中にいる。施設での生活がすべてだから、「反乱」という発想を持たないのが自然ではないか。
・「誰に対して語っているのか」については、426ページ(文庫版)に「これをお読みの方も、お聞きになったことがあるでしょう」とあるので、不特定多数に宛てていることや、臓器提供クローンのことが作中世界で共通認識になっているとうかがえる。
▼8人目のご感想
初イシグロで面白かった。人間関係がテーマなのかなと思いながら読んだが、途中で医療ミステリだと気付き、一気に面白くなった。
▽補足/ジャンルについてはSF、ミステリ、恋愛という3つの意見で割れました。このうち「SFであるか否か」という点について、「臓器提供という設定はオマケみたいなもので、SFではない」「ジャンルはともかく、普遍的なテーマが描かれていると感じた」という意見がありました。
▼9人目のご感想
3年前に初イシグロとして読み、今回は人間関係に注目しながら再読した。先ほど出た質問と同じだが、「誰に共感したか」を聞きたい。
▼参加者のご意見
・人間関係という点では、トミーがなぜあんなにモテたのか、分からない。本来なら、一番近づきたくない同級生という位置づけになるのに。
・ルースがトミーに迫ったのは、キャシーから奪いたかったからだろう。ならば、キャシーはトミーのどこを気に入ったのかが分からなかった。
・冒頭の遊びのシーンで、トミーのズボンが汚れることをキャシーがしきりに気にしている。母性本能がくすぐられるのだろうか。
▼10人目のご感想
先に原著を読んだ。書き出しが「My name is Kathy H. I'm thirty-one years old...」という簡単すぎる英語で面白かった。
▽補足/日本語訳も書き出しは「わたしの名前はキャシー・H。いま三十一歳で・・・」となっていますね。
▼Hajimeさんのご感想
生徒よりも大人の視点が面白かった。というか、もはや主人公の視点で見られない年齢になってしまったのだと感じた。トミーの行動や感情は分からなくもない。後半、エミリ先生とマダムが説明するヘールシャムの理念には納得した。
▼Uranoの感想
設定こそ奇異だが、人を好きになったり、別れを惜しんだり、外の世界に興味を持ったりするという、当たり前の人間が描かれている点がたいへん興味深かった。初読時はなかなか進まなかったが、再読ではスラスラ読めた。
・・・とまあ、こんな感じでした。
実際はここで書いたほかにも、たくさんの意見が飛び交いました。とりわけ話題が集中したのが物語後半、介護人キャシーと提供者トミーの関係について。「提供者は日々、何を思って生きていたのか」などということにも話が及びました。
おそらく本書の読者はほとんどが「切ない」「悲しい」という印象を共有することでしょう。しかしその細部については、人それぞれで感じることがまったく違うのだと、今回の読書会で改めて実感しました。
ご参加いただいた皆さま、貴重なご意見をくださりありがとうございました。
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ところで12月20日の早朝、第158回芥川龍之介賞・直木三十五賞の候補作が発表されましたね。当読書会では今回も候補作の読み比べ&受賞予想大会(通称、芥川直木賞マラソン)をいたします。そんなわけで、通常の読書会はしばらくお休み。
次回は芥川直木の結果反省会ののち、2月上旬に開催予定です。
日程決定後、当サイトでご案内させていただきます。よろしくお願いいたします。
2017.12.20開催、12.27記