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第51回 東京小説読書会の報告


 第51回東京小説読書会は吉田修一著『静かな爆弾』をテーマに開催しました。テレビディレクターの早川俊平が、東京の神宮外苑で響子と出会うシーンから始まる恋愛小説です。響子は耳が不自由のため、俊平は過去の恋愛とは勝手の違うコミュニケーションに戸惑いつつも、響子の魅力に惹かれていく・・・、といったお話です。

※※※以下ネタバレあり※※※

■現実か、妄想か

 課題図書型の回では、現実を直視する女性陣(+少数の男性)と、夢見心地な男性陣(+一部の女性)との意見対立が顕著で、「女性心理学は永遠の謎だなぁ」と、私ことUranoは思っているわけですが、それは今回も相変わらず。開始早々「これは妄想小説だ」「しかも、妄想小説として見たら、村上春樹のほうが上だ」という意見と、「いや、妄想小説ではない」「春樹と一緒にしないでほしい」といった意見が飛び交い、両派は相変わらず平行線をたどりました・・・。私はもちろん、後者ですよ。

■作為

 本作で重要な設定は、何といっても響子が聾者である点です。参加者のNさんは、「本作を読んで戦慄したところが2つある。ひとつは新宿御苑のお花見で乱闘が起きた場面で、響子だけが騒動に気づかなかったところ。もうひとつが、俊平が帰宅したとき、響子が無音の部屋でテレビを見ていたところ。いずれも響子の境遇の描写が印象に残った」とご指摘されました。

 これに関しては、

「花見の場面はむしろ嘘っぽかった。耳が聞こえなくても、人の動きや表情の変化で『ただごとではない』と勘づくのでは?」

「聾者への接し方に違和感があった。そもそも『聾者であること』がひとつの記号となっているために、登場人物にリアルなプロフィールがなかった」

 などという意見が寄せられました。

■恋愛の種類

 上記に関連して、

「全体的にリアリティの薄い小説だが、かえって重くなりすぎず、その点はよかった」

 といった見方をする方もいらっしゃいました。

 これらに対抗する主な意見が、

「響子は俊平の家に通うようになるが、それでも2人は深く歩み寄らない。同棲するカップルは、意外とそんなものなのかもしれない」

「俊平は、過去に付き合った女性と同じように響子に接している。あくまでも普通の恋愛を描いているのであって、その点はリアルだと感じた」

 などというものでした。本作は「聾者との恋愛」として読むとフィクション色を強く感じ、「ふだん通りの恋愛」と読むとリアリティを強く感じるようですね。設定が特殊であるからこそ、意見が分かれるのでしょう。

■名言集

 本作は過去、自由プレゼン型の読書会にてTさんがご紹介されたものです。その際「名言がたくさんある」と紹介されていたので、今回、課題本に選びました。私が最も「いいね!」と思ったのが、俊平が「もしどこにでも住めるとしたら、どこがいい?」とたずね、響子が「春」と答えるシーンでした(p.71~72)。

 ここは迷わずフセンを貼るところですよね! もちろん、Tさんも同位置にフセンを貼っていらっしゃいます。

 もうひとつ、皆さんの意見が集中したのがp.88~89。俊平が響子に「ここで一緒に暮らしたい」と伝えるシーンです。響子は耳が聞こえませんから、ふだんから2人は筆談で会話しています。そんななかでもこの場面は、作中で最も密度の濃いくだりで、俊平は次々にメモをちぎっては思いを書き続けていきます。熱量が高く、名場面だと私は思いましたが、「自分も手紙で思いを伝えたことはあるし、『普通のことだな』と感じた。告白の場面なら、もっとロマンチックな思いにさせてくれよ!と思った」という冷静な感想も聞かれました・・・。

■オチ

 俊平は、とにかく仕事優先の現場主義者として描かれています。ディレクターとして追い続けているのが、バーミヤン大仏(アフガニスタン)の爆破事件で、苦労してテロ集団から取材OKを取り付けます。響子の気持ちは二の次ですから、徐々に2人の間に溝ができ、響子は置手紙を残して俊平のもとを去ってしまいました。焦った俊平は必死で響子にアプローチをかけますが、メールはすべて無視されます。

 それからおよそ1週間後。響子は「連絡できなくてごめんなさい。明日、私がそっちに行くから」というメールを俊平に送り、俊平が「会いたい」と返そうとする、まさにその瞬間で本作は幕を閉じます。

 このオチには違和感を覚えた方も多く、初参加のHさんは「響子が戻ってくると伝えたことで、作品が一気に陳腐になった。姿をくらませたまま話が終わったほうがよかった」とご指摘されていました。

 私は皆さんと意見交換をするうちに、「ひょっとして別れ話のために戻るのか?」と思い始めていましたが、「響子は別れるために『そっちに行く』なんて言わない」という根強い反対意見もありました。

■タイトルの意味

『静かな爆弾』の意味については、Nさん(※先述とは別の方)が興味深い考察をされていました。

「爆弾とは、一つにはバーミヤン大仏を破壊させた爆弾のことで、これによって大仏は消えた。同じように響子も姿を消すのだが、そこにいたるまでに爆弾が仕組まれていることに、俊平は気づいていなかった。それが『静かな』爆弾という意味なのでは?」

 うーむ、いわれてみればそうですね。

「大仏は、たとえ復元(再現)できても元通りになることはない。けれども人の心は、元に戻るかもしれない」とも。

 現に響子は、再び俊平の前に戻ってきます。その対比まで読み込むと、本作は単なる恋愛モノではないのだなぁと感じます。

 さてさて、毎度荒れ模様になる恋愛小説の課題本ですが、今回は初参加の方にもお楽しみいただけたようで、よかったです。やっぱり、感想が割れるほうが面白いですよね!

 次回は太宰治著「きりぎりす」です。複数の文庫から出ているなか、私が神編集だと思う岩波文庫の『走れメロス・富嶽百景 他八篇』を指定させていただきました。主に「きりぎりす」について話す予定ですが、時間に余裕があったら「女生徒」や「富嶽百景」の感想もお話ししましょう!

 ではでは、また次回。

2017.9.20開催、9.25記

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