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第41回 東京小説読書会の報告


通算10回目の課題図書型読書会のテーマは、連城三紀彦著『恋文』でした。5篇からなる短篇集で、連城さんは本集により第91回直木賞を受賞されています。ちなみに本集収録の「紅き唇」は、単独で第89回直木賞にノミネートされ、惜しくも落選しました。

東京小説読書会では年2回直木賞のノミネート作を読み比べ、受賞作の予想大会を行っていますが、過去の受賞作を課題本にしたのは初めてでした。

※現在発行されている新潮文庫版のタイトルは『恋文・私の叔父さん』です。収録作は『恋文』と同じです。 ※以下、全体的にネタバレを含んでいます。重大なネタバレ箇所は、文字色を薄くしています。

まず話題になったのが表題作の「恋文」。あらすじは、妻子ある将一(34歳)のもとを、10年前に1年間だけ付き合った江津子(34歳)がたずねて「病気で余命半年と宣告された」と伝えます。将一は独身だとウソをつき、「死ぬまで自分が一緒に暮らして、世話をしてやる」と、半年限定で家を出ます。家出の理由を知った妻の郷子(35歳)は、あきれながらも将一の思いに一定の理解を示し、やがて将一からの求めもあって江津子を見舞い、三者が交流しながら物語が進行していく・・・、というお話です。

「恋文」ではそれぞれの関係に思いを馳せながら読み進めることができます。 たとえば郷子と江津子については、「いい具合に対比されている」という声が。 「江津子は独身で身寄りがなく、すがる相手といえば、10年前に捨てられた将一しかいなかった。つくづく男運のない、かわいそうな女性として描かれている。一方の郷子は可愛げがなく、いつも強がってばかり。『なんでこんなに頑張るのかな』と思いながら読んだ」

将一・郷子夫婦には、 「郷子には『離婚しろよ』としか言えない。妻子を捨て、半年限定といって昔の女を見舞いに行くなんて、ふつうキレるでしょう。そこをキレない郷子に対しても『何いい女ぶってるの』と言いたくなった」 郷子は将一にとって理想の女性であり、その寛容さに甘えている。郷子も素直に自分の気持ちを言うことができず、しまいには将一と江津子の結婚式で式辞をあげてしまって、一体どんな思いで行動しているのだろうかと疑問に思った

江津子と将一に関しては、 「江津子にとって将一は、本当に忘れられない男だったのか。もしかしたら『一人で死ぬのは寂しい、誰でもいいから近くにいて欲しい』と、友人のような感覚で、安全な男として将一にすがったのではないか」 「いや、それは読み方が甘い。江津子にとっては将一しかいなかった。将一はその思いに応えた。とても純粋な関係として描かれている。将一は郷子に対する思いやりも深くて、『郷子を傷つけてはいけない』という思いは最後までブレなかった」 さらには、 半年間で将一と江津子がどれほどの距離感にあったのかが書かれていない。肉体関係がなかったのなら、将一には『浮気をしている』という認識は一切なかったのだろう」という意見も。

そして9節(最終節)の展開については、 家庭を壊しかけてまで看病した将一が、なぜ江津子の臨終に立ち会わなかったのか。これは最悪の展開。もしかしたら将一にとっては、江津子と式を挙げることが最終目標になっていたのかもしれない」と読まれる方もいらっしゃいました。

タイトルにある恋文は2回登場します。1回目は江津子から将一へ。2回目は郷子から将一へ。これには、 「手紙より話し合うことが大事ではないか。恋文は一方通行で、封を開けるかは相手の判断にゆだねられる。こうした不確実なツールに大切な思いを載せているということは、そもそも登場人物は腹を割って話し合う気がないことを示している」という、身も蓋もない意見まで飛び出ました。

続いて「ピエロ」。これも三角関係のお話です。読了後におそらく誰もが抱く疑問が、「計作と良子は浮気していたのか」ということでしょう。計作は何事にも妻・美木子を優先し、おねだりされると「俺なら、いいよ」と快諾します。こうした性格を踏まえて、 「女から見たら都合のいい男として描かれていて、ちょっとかわいそうだった。そんな計作だからこそ、浮気していたと思う」 「どんな無茶も受け入れてくれるところが、かえって物足りない。私が美木子だったら浮気したかもしれない」 「計作は空気を読みすぎる男として描かれている。もしもこの通りの人物であれば、美木子をかばうために『浮気した』とでっち上げていても驚かない」 と、さまざまな読み方が披露されました。

また、 結婚生活に一定の満足をおぼえ、最後は去って消えていく。こういうふうに描かれる男の生き様がいい」というように、人物描写に対する好感も聞かれました。

「私の叔父さん」の人物関係は少々複雑です。まず、構治(45歳)がいます。彼の、歳の近い姪が夕希子(享年21、存命なら39歳)。夕希子の夫が布美雄、娘が夕美子(18歳)です。夕美子の分析によると、生前の夕希子は布美雄よりも構治が好きだったとのことですが、かく言う夕美子も大叔父の構治を「おじさん」と呼んで慕い、少なからず恋愛感情があるのではないかと匂わせる筆致で描かれています。

私はこれを「時間を超えた四角関係の話だ!」と興奮して読みましたが、 「四角じゃないでしょ」 「そもそも本作のメインは夕希子と構治。だって、タイトルは『私の叔父さん』でしょう? 構治を叔父さんと呼べるのは夕希子だけ」 と、冷静なご指摘を受けました。

ミステリーをよく読まれる方からは、 「最初から読んでいくとパターンが分かって、なんとなく先の展開も読めた。でも、結末の『あいしてる』のネタバラシのところで『そうきたか!』と唸った という感想も寄せられました。

『恋文』の5篇は、作中人物の行動がすべて説明されずに幕を閉じる点も特徴です。 「恋文」の将一と郷子はよりを戻せたのか? 「紅き唇」で浅子が推測するタヅの思いは本当か? 「十三年目の子守唄」でお袋が俺に事情を隠し続けたのはなぜ? 「ピエロ」の計作は本当に浮気をしていたのか? 「私の叔父さん」の構治は、なぜ「夕美子を身ごもらせた」とウソをついたのか? 二人は結婚するのか?

すべてを書ききらず、かといって中途半端にもなっていない。どの話も50~60ページ程度なのにストーリーが濃密。登場人物が何らかの欠陥を抱えている点も味わいがあって、「イラッとするのに面白かった」という感想には、本作を読んだ誰もが共感することでしょう。

最後に、本日ご参加いただいた連城ファン氏が語る『恋文』の魅力をもって、報告を締めさせていただきます。

「登場人物には同情できない。むしろ『こうなりたくない』という反面教師ばかり。でも、読める。読ませる。こんな小説、ほかにはない」

次回の課題図書型は『ゴリオ爺さん』(新潮文庫)をテーマに、6月21日(水)に開催します。 また来月、お会いしましょう!

(2017.5.17開催、5.26記)

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