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第33回 東京小説読書会の報告


こんにちは。uranoです。 通算8回目の課題図書型読書会のテーマ本は、辻村深月著『凍りのくじら』でした。 以下、簡単にご報告させていただきます。 ※全体的に若干のネタバレを含み、報告末尾ではオチに言及しておりますので、ご注意ください。

◆あらすじ 主人公は高校2年生の理帆子。5年前に父が失踪して以来の母子家庭で、母は2年前に癌が見つかり闘病中。加えて、元カレの若尾となかなか縁を切れないという状況です。 そんな理帆子の前に、高校の先輩で写真が趣味という別所が現れ「モデルになってほしい」と持ちかけます。最初は拒絶していた理帆子も、別所と会うたびに少しずつ心境が変化していくのですが、一方で若尾は徐々にストーカー化していき、母は宣告された余命いっぱいに近づいていく…。そんなお話です。

◆作品全体の印象 理帆子は周囲を見下してばかりで、親や友人の足りないところや過ぎてるところを「スコシ・ナントカ」と名付ける遊びをしています。理帆子の父が敬愛してやまなかった漫画家の藤子・F・不二雄が、SFをSukoshi Fushigi(少し不思議)と解釈していたことにちなんだものです。

それにならってSukoshi Ouhei(少し横柄)と自己紹介されたOさんは、「途中まで高校生の人生相談のようで冴えなかったが、理帆子が『もっと人に弱みを見せていいんだ』と気づき、無気力感を脱しようと努力した中盤以降、一気に面白くなった」と評されました。 対して、価値観や感性がSukoshi Furui(少し古い)主催のuranoは、「前半のほうが面白かった。後半はいろいろな要素が入り、ちょっと複雑に感じた」と、まったく対照的な意見をぶちまけてしまいました(毎度スミマセン)。 Sukoshi Nemusou(少し眠そう)に見られることが多いというSさんは、作品構成について、「辻村さんはミステリー作家の綾辻行人さんの影響を受けているそうだが、本作には綾辻流の叙述トリック(著者が読者をミスリードさせるトリック)が使われていて、『なるほど』と思った」と感想を述べられました。

◆理帆子の人物像 主人公の理帆子に関して、Sukoshi My Pace(少しマイペース)と自己分析されたIさんは「本を読まない友だちを見下したり、冒頭はかなりイヤな感じだった」とのこと。 対して、読書会のような場がSukoshi Funare(少し不慣れ)というMさんは「私の中にも理帆子のように覚めた部分はあるし、共感できる」そうで、それぞれの「理帆子感」の違いで盛り上がりました。 ちなみにMさんは辻村ファンで、「理帆子だけでなく、他の作品も登場する女の子の性格の悪いところに惹かれる。性格が悪いのだけれど、『あぁ、わかるわかる!』という共感の連続で、そんなふうにドロドロとした内面をもつ登場人物が、最後で救われる展開も好き」と話されていました。 これには『オーダーメイド殺人クラブ』で辻村さんの魅力を知った私も納得です。

◆理帆子は成長できたのか 会のなかで、読書ペースがSugoku Fast(すごく速い)なTさんは、「理帆子はほとんど成長していない」と問題提起されました。 これには私も同感で、ストーカー化した元カレとのゴタゴタは一応の決着を見たものの、本質はあまり変化していないと感じていました。

しかし当日の会では、「理帆子は成長した」との見方が多数派でした。 型にハマりがちでSukoshi Fujiyu(少し不自由)というHさんは、「後半、多恵にもらった巾着袋をなくした場面で焦るシーンがあるが、前半の理帆子なら、なくしても放っておくのでは?」と分析されていました。 誤植などを見つけるのがお得意でSukoshi Komakai(少し細かい)というAさんも「成長したからこそ、不仲だった母のことを受け入れられたのだと思う」とのことでした。

ちなみにHさんは、Mさんと並ぶ辻村ファン。 本作の〈本当に面白い本っていうのは人の命を救うことができる。その本の中に流れる哲学やメッセージ性すら、そこでは関係ないね。ただただストーリー展開が面白かった、主人公がかっこよかった。そんなことでいいんだ。〉(文庫版p.139)というセリフによって、「本は好きなように読んでいい」と肯定されたことで、辻村さんが好きになったそうです。

◆父・母・ドラえもん 理帆子の人格形成に、父の不在が影響していることは間違いありません。理帆子は父と同じように『ドラえもん』を愛読し、マニアの域に達しています。 そんなドラ好きな性格に関して、「友人や母さえ見下してしまう理帆子が真に心を開けたのは、ドラえもんだけだったのではないか」(Tさん)、「父がいたら、ここまでドラえもんにのめり込むこともなかっただろう」(Hさん)という声があがりました。 また、父の不在によってぎくしゃくしていた母娘関係は、少しずつ改善していくのですが、「後半で母が娘に思いを伝える場面は、文章ではなく、直接話しかけることで伝えてほしかった」(Aさん)という注文も入りました。 皆さん、読み込んでますねー。私はそこまで考えずに読んでいました・・・。

◆家政婦の多恵 本作は作品の長さの割に登場人物が少ない(というか、厳選された感じ)点が、uranoには美点と感じられました。中でもいい味を出しているという声が集中したのが、郁也(理帆子の両親の同級生の私生児)の面倒をみる家政婦の多恵。 Iさんは特に思い入れが強かったご様子で、「多恵さんがよかった。一人称を『多恵』というのがかわいくて、『多恵さんだけは最後、どんでん返ししないで』と願いながら読んだ」と話されていました。

◆元カレ若尾 若尾についてもいろんな意見が飛び交いました。 Hさん「若尾はたぶん、成長できない人なんだろう。10年後も別の理帆子を見つけ出して、同じようなことをしてしまうのでは」 Oさん「いやいや、まだ20代前半だから変われるはず。若尾の成長に期待したい」 などなど……。

◆オチ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 最後に、本作のオチについて。物語の結末部で、若尾の正体が明らかになります。それを踏まえて作品全体の構想についてSさんが考察されました。 それによると、「この作品自体が『ドラえもん』をなぞっているのではないか。ドラえもんがのび太の未来を変えようとしたように、父が別所に姿を変えて理帆子を救い出そうとしたのでは」とのことです。なるほど! これには納得です。

さて。 次回の課題図書型は4月19日、川端康成著『掌の小説』をテーマに開催します。40年以上にわたって書き継がれた、122篇のショート・ショート集です。

また次回、お会いしましょう。

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